2018年10月26日金曜日

内部留保研究者の主張を正確に理解すべきことについて:内部留保増分の問題ある使途が賃上げを主張する根拠 (2018/7/1)

 続・内部留保についての労働組合や政党の主張の混乱について。どうしてこうなるのかといろいろ検討してみたところ,どうも組合や政党が,内部留保研究者の主張を正確に理解しないことから来ているようだ。以下,説明するので関係者はぜひご覧いただきたい。

 小栗崇資教授をはじめとするマルクスベースの会計学者(仰天する人もいるかもしれないが,そういう潮流が日本にはあるのだ)が内部留保の推計を重視し,それが成長することに批判的に言及するのは,理由がある。株式会社において,株主の資本(株主の持っている株式=擬制資本)と企業それ自体の資本(企業の資産)を別々にとらえた上で,内部留保を「企業自体が蓄積したネットの資本の大きさ」の指標としているからである。マルクス的に言えば,G-W…P…W'-G'(G+ΔG)という資本循環を繰り返す中で,最初のGを超えたΔGの総額をできるだけ正確にとらえる指標として内部留保を推定しているのだ。

 最初に投下された株式額面部分は株主持ち分である。しかし,1)それを超えて時価発行増資の際に払い込まれた資本剰余金は企業自体の資本であり,2)配当されずに利益剰余金となった部分はまさに利潤が企業資本に転化したことの指標であり,3)各種引当金は過大に計上されることが多いので,一部は利潤が企業資本に転化したとみなされる。研究者は,内部留保を,「労働者からの搾取や税金逃れを通して蓄積された企業資本の巨額さ」を示す指標として批判的にとらえているのだ。

 しかし,ここから労働組合や政党が,しばしば「膨大な内部留保をわずかに取り崩せば賃上げができるはずだ」という主張を引き出そうとするから問題が起こる。企業資本は当然貨幣形態のままであるわけではなく,設備や原材料や在庫や現金や有価証券など,様々な実物形態を取っているからだ。これら全体を,あたかも現金をため込んでいるかのようにみて取り崩せというのはおかしい。設備や原材料を売却して賃上げ財源にすることなど非現実的だ。

 実は,内部留保研究者が言っているのはそういうことではない。内部留保の使途を問題にしているのだ。シェア先の小栗教授の論文を見るとわかるが,21世紀に入ってから,大企業は内部留保を増加させたのに,設備投資は増加していない。増加したのは金融投資と自社株購入と子会社への投資だ。労働者と社会から獲得した内部留保増分をこんな風に使うのは適切ではない。賃上げの財源にする方が社会的に正当だ。それに金融投資と自社株購入部分は現金化も容易だ。これが,内部留保研究者が本来主張していることである。この主張を私も支持する。

 つまり,内部留保研究者の主張は,

1)内部留保の膨張が行き過ぎだ→2)しかも増えた分を非生産的な使途につかっている→3)(増えた分を母数として)それなら賃上げの財源にする方が正しいし可能だ

という3段階になっている。ところが,この2)をすっとばして

1)内部留保の膨張が行き過ぎだ→3)(全体を母数として)それなら賃上げの財源にする方が正しいし可能だ

というからおかしな議論になるのだ。

 労働組合や政党は,せっかく内部留保研究者というサポーターを得ているのだから,その研究成果を正確に理解したうえで,政策と主張を構築していただきたい。

 なお,前の投稿で,私が賃上げに活用可能なのは手元現預金と有価証券の一部としたことと,小栗教授が金融投資と自社株の金庫株と子会社投資としているのでは,小栗教授のほうが範囲が広い。この点はより研究したい。

シェア先
小栗崇資[2017]「大企業における内部留保の構造とその活用」『名城論叢』17(4),名城大学経済・経営学会,3月,1-14頁。
https://ci.nii.ac.jp/naid/40021171046/
論文の全文
http://wwwbiz.meijo-u.ac.jp/SEBM/ronso/no17_4/06_oguri.pdf

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