2018年10月26日金曜日

内部留保への課税論には根拠があることについて (2018/7/8)

先日,「蓄積された内部留保を取り崩せばできる」ことを賃上げの財源とする考えの問題点を指摘して,賃上げはすべきであるが,その根拠はフローにおいては「労働分配率が下がっている」こと,ストックにおいては「生産的に投資されず現預金や有価証券で運用されている資産をとりくずせばできる」ことに置くべきことを指摘した(※1※2)。

 では,もう一つ。内部留保への課税についてはどうか。ここには税制の理論が必要になるので,専門外の私には厳密な結論を述べることはできない。ただ,私の理解する企業理論で見る限り,賃上げとは異なり,内部留保への課税は的外れというわけではない。賃上げ根拠と課税根拠は異なる。以下,前回と同様に小栗崇資教授の論文に学びつつ,私の大まかな考えを述べる。鍵となるのは,法人実在説で考えることだ。

1.フローとしての留保利益に課税することについて
 内部留保が積みあがるのは,毎年の当期利益のうち,配当されなかった留保利益を利益剰余金として積み立てるからだ。この毎年の当期利益は,すでに法人税を課税されている。しかし,それが処分される際に個人の配当になる場合には,配当に対して所得税が課税される。つまり,もともと2段階で課税されるのだ。それならば,留保利益に課税するのも妥当なのか不当なのかという問題を考えねばならない。
 ここで,麻生財務相をはじめ安倍政権が述べるように,課税するのは不当で二重課税だという説がある。しかし,配当には課税されるのに,なぜ留保利益に課税すると二重課税だというのか。それは,この説は法人擬制説,つまり法人は究極的には出資者個人に還元されるという立場に立っているからだ。留保利益はいつの日にか株主に配当されるべきものであるから,配当されたときに課税すればよく,内部留保されている間に課税すると,将来配当されたときとの二重課税になってしまうというのだ(この考えを突き詰めると法人税が課税されるならば,配当に課税するのも二重課税だということになる。この考えを反映した制度が配当控除だと思われる)。
 だが,所有と経営の分離が進んだ現在では,会社はそれ自体が独自の主体となっている。株主が運用しているのは株式という有価証券と,それがもとになって生み出される配当や売却益という貨幣である。つまりは貨幣資本である。一方,積みあがった留保利益は,昔のような個人資本家が所有する代わりに法人が保有している企業資産であり,貨幣が設備や原料,土地に転化し,商品を生産し,それを売却して貨幣を得るという形で循環する。つまりは産業資本である。両者は別々の資本であり,株主と法人は別々の主体と想定することが現実的だ。現に,大株主だからと言って,会社が解散するとき以外は会社の資産を処分できない。株主だからと言って会社のボールペンや机や機械を勝手に持ち出すことはできない。それは会社自体の持ち物だからだ。
 このように,法人実在説に立って考えるならば,留保利益に課税することは,配当に課税することと同様に正当化され得ると私は考える。ここから先の詳細は専門家にお任せしたい。
 以上は,シェア先の小栗論文には直接に書かれていないことであるが,他の論文から察するに,おそらく小栗教授も同じ考えに立っていると推定する。

2.ストックとしての内部留保に課税することについて
 積みあがった内部留保は,設備,土地,原材料,製品在庫,有価証券,現金といった様々な形態をとっているが,要するに企業の純資産である。これらは法人擬制説を取った場合には,いつの日にか株主に分配されるべき財産となるが,それは,会社の解散の場合を除いては現実的ではない。日常においては,法人実在説をとって法人それ自体の資産であるとみなす方が現実的だ。よって,内部留保に課税するということは,会社が持つ純資産に課税する資産課税なのだ。資産課税は,場合によっては正当化される。ピケティが『21世紀の資本』によって述べるように,資産が資産を生むことによって格差が拡大していくような社会では,資産に課税して,それを格差を是正するように用いることは十分にありうるのだ。
 以上は,言い方は少し変えているが,シェア先の小栗論文と同じ意見だ。

 このように,「フローの所得としての留保利益に課税すること」と,「ストックの資産としての内部留保に課税すること」には根拠がある。よって私は,労働組合や一部の政党が主張している内部留保論は,賃上げ根拠論としては正しくなく,修正する必要があるが,課税根拠論としては有望だと考える。課税は応能原則により,大企業中心になされるべきだろう。

※1「賃上げの根拠は「内部留保」か「付加価値の分配率」と「手元現預金」か」
※2「内部留保研究者の主張を正確に理解すべきことについて:内部留保増分の問題ある使途が賃上げを主張する根拠」

参考
小栗崇資[2017]「大企業における内部留保の構造とその活用」『名城論叢』17(4),名城大学経済・経営学会,1-14。
http://wwwbiz.meijo-u.ac.jp/SEBM/ronso/no17_4/06_oguri.pdf

「共産・小池氏『トヨタの内部留保、使い切るのに5千年』」『朝日新聞』2018年6月30日。
https://www.asahi.com/articles/ASL6Y7JW3L6YUTFK021.html

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