2019年7月6日土曜日

古田足日氏の逝去によせて(2014/6/10)

「そうじゃないわ。待ってても未来はこないのよ」
と、ミドリがいった。
「だって、十年したら、十年先のことがやってくるじゃないか?」
「ほおっておけば、来るのはいまのつづきだけよ。」
--『ぬすまれた町』より

 古田足日『宿題ひきうけ株式会社』は,その意表を突く題名とアイディアで有名である。子どもたちが小遣い稼ぎのためにつくったこの会社の経営は,順調に発展したが,やがてその存在が学校に露見して解散させられる。その後,いじめっ子とたたかうやら,地元電機メーカーの電子計算機(と昔は呼ばれていた)導入で兄弟が配置換えされ,同級生はソロバンで手に職をつけて就職するという夢が破れるやら,「月世界旅行ができるようになっても,月までの切符はずいぶん高いんじゃないかしら?」とつぶやくやら何やらで,何が本当に大事かと考えたあげく,主人公たちは「宿題ひきうけ株式会社」を「試験・宿題なくそう組合」として再組織する(えっ!)。

 『モグラ原っぱの仲間たち』は,原っぱに集まる子どもたちの日常を描いた作品だが,最後に原っぱが団地開発のために造成されてなくなってしまう。主人公たちは切り倒されようとする木の上に籠城し,かけつけた市長に遊び場をなくさないでと夜中まで交渉する。その結果,ほんの小さな公園,その中の小さな林,小さな丘が団地の片隅に実現する。子どもたちは「こんなものしかできなかったのか」と悔しがるが,仲間の一人が「でも私たちががんばらなかったら,もっと小さな公園しかできなったかもしれないんですもの」と慰める。

 上記の叙述に好感を持つ人も違和感を持つ人もおわかりのように,古田足日の一部の作品は,高度成長期の労働運動や住民運動を背景としている。したがって,いま,大人が読んだら好き嫌いが分かれるであろうことは予想される。日本中の子どもたちが海賊旗を掲げて,「宿題反対!試験反対!」とデモをすることを夢想するシーンもある。さすがに自分が大学教員になってみると立場上困るし(笑),「ちょっと,ちょっと」と言いたくなるところもなくはない。

 しかし,古田作品は政治的勧善懲悪劇ではないし,そこが人気だったわけでもない。主人公たちは家族や学校や友人を通して社会の現実を知っていくが,だからといって家計の事情や,家族内の葛藤や,自分の容姿や,成績への鬱屈した思いはなくなるわけではなかった。彼/彼女たちのそれぞれは,あくまでも一人の子どもであり,真剣であったが無力であった。主人公たちは必ずしも成功せず,しばしば敗北して,動かしがたい大人たちの現実に唇をかんだ。それでも彼/彼女らは,徒手空拳で,見えない明日に向かって懸命に手探りし続けた。そういうところが私は好きだったし,また人気だったのだと思う。

※今では古田作品を自宅に持っておりませんので,ストーリー,設定は記憶によっています。まちがっていたらすみません。また冒頭の台詞は「ゆかちゃんのbook review」(http://yukareview.jugem.jp/?eid=105)から孫引きさせていただきました。

「古田足日さん死去、86歳 絵本「おしいれのぼうけん」の児童文学作家、評論家」Huffington Post, 2014年6月9日。

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