2018年12月5日水曜日

「利用可能な最善の技術(Best available technology=BAT)を途上国に移転する」という日本鉄鋼業の地球温暖化対策について(2012/12/5)

 この投稿は6年前にFacebookに書いたものだが,日本鉄鋼業の地球温暖化対策を検討する上でほとんど古くなっていないので,アーカイブする。

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 利用可能な最善の技術(Best available technology=BAT)を途上国に移転する手法について。この手法は有効だが、以下のような限界を踏まえて用いる必要がある。とくに、相手がアセアン諸国やインドならまだよいのだが、世界最大の鉄鋼生産国である中国に対して効果が薄いことに気をつける必要がある。
 第1に、この手法は日本と対象国の鉄鋼業において、エネルギー効率に差があればあるほど有効であり、差が縮まってくると当然だが有効でなくなる。ざっくり言えば、ロシア、ウクライナ、この記事で取り上げられているインドあたりにはかなり効き目があるだろう。しかし、たいていの日本人には意外なことだろうが、中国への効き目は以上の諸国よりも小さい。鉄鋼業に関する限り、中国のエネルギー効率は向上傾向にあり、政府が指定した「重点大中型企業」と日本企業との差は6.6パーセントに縮まっているからである。
 第2に、たとえ効率に大きな差があっても、対象国において改善の対象となる工場に移転しなければ効果がない。アジアの鉄鋼業は設備能力が需要を大きく上回っており、その中には汚染とエネルギー浪費において問題が大きすぎ、各国政府によって淘汰政策の対象とされているものが含まれている。中国では「重点企業」以外のところに多い小型高炉、インドでは誘導炉がこれにあたる。こうした企業は閉鎖政策の対象であり、技術移転の対象になりにくい。ごくまれに、小型高炉から始めて日本人技術者に操業を学び、立派な大企業に成長した例もあるが。
 第3に、同じく効率に大きな差があっても、自国で環境設備への投資や改善ができるならば、技術移転には及ばない。ここでもインドは技術移転の対象となりやすいが、中国は必ずしもそうでもない。設備国産化比率が上昇して、大型高炉の自主設計にまで至っているからである。もっとも、環境設備の先端部分や管理面での改善については、まだ日本から移転の余地はある。
 第4に、BATの移転は同じ技術体系の中で行うものである。つまり、高炉・転炉法の製鉄所には高炉・転炉法のBATを、電炉法の製鉄所には電炉法のBATを移転するのである。すると、高炉・転炉法と電炉法の選択に問題があって汚染やCO2排出が増えている場合には事態はさほど改善されない。この点も中国相手だと問題になる。中国は高炉・転炉法が粗鋼生産の90%を占める国であり、世界平均の70%を大きく上回っている。ところが高炉・転炉法は、たとえBATを備えた立派な設備であっても電炉法の2.4-6倍程度のCO2を排出する(数字の開きは、電気の発電方法の違いによる)。
 第5に、鉄鋼生産量が急拡大すると、エネルギー効率の改善効果を打ち消してエネルギー消費とCO2排出が拡大してしまう。これは個々の企業の経営効率にとっては問題にはならないが、地球全体でCO2排出総量を規制しなければならない現状では、やはり問題としなければならない。この点では、やはり中国が筆頭であるが、世界の巨大製鉄国はみな問題を抱えている。技術の出し手である日本でさえ、世界第2の鉄鋼生産国である以上、CO2排出総量削減への貢献を迫られざるを得ないのである。
 BATの国際移転という手法の限界は以上のとおりである。この限界を乗り越える方法は、製鉄技術のブレークスルーで温室効果ガス排出を画期的に削減するか、トン当たりCO2排出が小さい電炉法の比率を上げて、それに伴う問題(屑鉄から高級鋼が作りにくいなど)にもとりくむかの、どちらかだというのが、私の意見である。

※2018年12月5日追記。この考察を学術論文内に組み入れたものは以下にある。
川端望・趙洋[2014]「中国鉄鋼業における省エネルギーとCO2排出削減対策」『アジア経済』第55巻第1号,日本貿易振興機構アジア経済研究所,2014年3月,97-127頁。

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