共産党の元外交部長で,党中央と方針が合わずに辞任したが,いまもリベラル・左翼の立場で論陣を張っている松竹伸幸氏による論稿「元外交部長が明かす 矛盾に満ちた共産党の安保政策に共感できる理由」。共産党の自衛隊政策の変遷についての要約は正確だと思う(ただ,1970年代のスローガンは「中立・自衛」でなく「非同盟・中立」であったと思うが)。まず,左右問わず,共産党というといつでもどこでも護憲派で,自衛隊違憲論で,自衛隊即刻廃止論だと思っている方には,一読をお勧めする。昔も今も意外とそうではないし,結構,主張が変わっているのだ。
ただ,私は,松竹氏よりも,共産党の自衛隊観は以前は単純だったと見る。つまり,もっとマルクス主義の古典的国家論に影響されていたので,「民族独立・民主主義の権力の下では,これを守る自衛の軍はありうる,対米従属・独占資本の政権の下では悪いことばかりするから不可」という命題が底に座っていたのだ。そのために日本国憲法の規定を活用していたにすぎない。だから,政権をとったら,自衛隊は大幅縮小だが原則廃止ではなく,国民の総意次第で改憲して防衛力整備もありと言っていたのだ。
これはある意味硬直的な理論なのだが,皮肉にも逆の効果も持っていた。旧社会党が「非武装・中立」という,いくら何でも無理だろうという理想主義を掲げたため,共産党の方が「右」で現実的な対応をしそうに見えるということが起こったのである。外交政策で,旧社会党よりもむしろ共産党の方が民族主義的で,ソ連や中国や北朝鮮の覇権主義的行為を批判することが多かったという事情もあり,これがまた共産党の方を現実的に見せた。このため,官僚などの一部にも共産党と組む人が現れる(元外務官僚の浅井基文氏など)一方,徹底したヒューマニスト,理想主義的平和主義者ほど共産党は日和見だと「左」から批判する現象が,1980年代まではよく見られていた。
そして,この20年ほどの共産党の動きは,松竹氏が自らその中で悩まれたように大きな転換だ。「自分たちが権力をとらないと自衛隊の行動は認められない」というマルクス主義の図式の単純適用をやめ,簡単に言えば「自衛隊が国民を守る行動をとるならよい,国民を脅かし,侵略に加担する行動ならだめ」というプラグマティズムに転換したのである。自分たちが政権をとっていない時でも,日本が攻撃されたときに,本当に個別的自衛権と専守防衛に徹して行動するならば,否定はしない,ということである。集団的自衛権は,自衛でなくアメリカの世界戦略の手伝いだから悪いという批判だ。
それは,一方から見れば,政策的にも理論的にも柔軟で現実に即した対応だ。しかし,矛盾もある。やはり松竹氏が紹介しているように,共産党はマルクス主義国家論の単純図式から離れる過程で,もうひとつ,日本国憲法9条の理想を強調し,自衛隊違憲論で徹底することによって平和運動の理念を掲げるという動きも強めているからだ。そうした憲法論から言うと,プラグマティズムへの転換は問題だ。何しろ,自衛隊は違憲だけど即時解散はできないというだけでなく(ここまでは従来も言っていた),時によっては自衛のため活躍してもよい,というわけで,自分たちの考える憲法論と政策との間に矛盾が出てしまう。そして,原理的にプラグマティズムで自衛隊を取り扱ってよいというならば,憲法は時々の政権や世論動向によって変更してはいけないとか,歴代の国会審議を無視するような解釈改憲はいけないとかいう,自らの主張が危うくなる。松竹氏が指摘する共産党の矛盾を敷衍するとこうなる。
ただ松竹氏は,共産党が抱えるこうした矛盾を,共産党がいい加減だからと非難するのではなく,矛盾せざるを得ないような現実によるものだ言う。「そもそも、立憲主義を守るということと、国民の命を守るということと、その二つともが大事なのである。その二つをともに守ろうとすると、誰もが矛盾に直面するのである」。そして,安倍政権の言う通りにすれば確かに矛盾はなくなるが,その方が国民の生命が脅かされるので,「スッキリしていればいいということではない」という。また,非武装中立にすればやはり矛盾はなくなるが,氏はこれも国民を守れないと批判する。「矛盾のなかで苦しまないような政党、あまりにスッキリとした政党には、ちゃんとした政策をつくれない。その代表格がかつての社会党だった」という。矛盾している方が,矛盾しないよりましなこともありうるというのだ。プラグマティズムの側から見れば松竹氏の言うとおりだろう。しかし,矛盾はやはり矛盾であり,理論的に批判され,それによって運動が動揺したり,弱まったり,不団結が生じたりすることもあり得るだろう。
法や政治は専門外ではあるが,私は,これが共産党や,これと協力する平和運動や護憲勢力が考えておかねばならない,ひとつの大きな問題だと思う。松竹氏の論稿は,その所在を教えてくれるものだ。
松竹伸幸「元外交部長が明かす 矛盾に満ちた共産党の安保政策に共感できる理由」 『iRONNA』2016年1月5日。
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