作家の山崎豊子さんが亡くなられた。私は小説は『大地の子』と『華麗なる一族』しか読んでおらず,ドラマは『大地の子』の途中からしか見ていない。『大地の子』を偶然テレビで見て,その後,鉄鋼業研究者となったため,宝山製鉄所建設とそれに対する新日鉄の技術協力が舞台の一部となる原作を精読,数年前に『華麗なる一族』もいわば鉄鋼業ものだよなと思って読んだ。
『大地の子』で感銘を受けたのは,日本と中国の双方の社会の複雑な闇と,それを乗り越えて生きようとする人間の強さを描いたことであった。山崎さんは執筆構想を立てた当時の胡耀邦総書記に「中国のよいところも悪いところも,遠慮なく書いてください」と言われ,その通りにしたという。中国の現代化を目指す懸命な努力も描けば,国民党軍・八路軍双方による長春市包囲による飢餓も描き,文化大革命による弾圧も描いた。中国残留孤児である主人公を,中国人の育ての親たちが命がけで文革の弾圧から守ろうとする姿も描けば,その妹を別の中国人夫妻が労働力として死に至るまで酷使する姿も描いた。
このドラマが日本で放映されて日中関係が緊張しただろうか。当時の日本で,最近のようにことあれば中国の悪口を言う人間が増えただろうか。それはなかったと記憶する。このドラマから,日本も中国も光と影がある社会であること,だからこそ双方とも人間の強さを信じて生きねばならないこと,愛情が国境を超えるのは難しいが不可能ではないこと,少なくとも二度と戦争を起こしてはならないことを感じ取った人が多かったからではないかと思う。
自分の国の影の部分は見せないことで評判をとろうとする態度も、隣国の達成はくさし欠陥はあげつらうという態度も浅はかだ。このドラマが作成されたときには、中国政府も日本の視聴者もそのような態度はとらなかった。
※『大地の子』には,戦前から1950年代まで中国に住んで,長春市包囲で死線をさまよった遠藤誉さんから,自らの著作を引き写したのではないかという批判があり(裁判では遠藤さんが敗訴),いささかの警戒感も私は持っている。また,遠藤さんの著作からも私は多くを学んでいる。しかし,『大地の子』から私が受けたインパクトが大きかったことも事実である。
NHKオンデマンド ドラマスペシャル『大地の子』
山崎豊子(1994)『大地の子(一)』文藝春秋,Kindle版。
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