2019年2月24日日曜日

伊東光晴『アベノミクス批判 四本の矢を折る』岩波書店,2014年について(2014/8/23)

 私は伊東光晴氏から一度だけ電話を頂いたことがある。ウォルター・アダムス&ジェームス・ブロック『アダム・スミス,モスクワへ行く』の拙訳をお送りした時である。「アメリカの産業組織論の中でもアダムスはまともですよ」という趣旨のことをおっしゃっていた。これは伝統的産業組織論(SCPパラダイム)をとるアダムス教授の反独占と分権化の論理を指してのことである。

 伊東氏は,歴代日本政府の経済政策を論じるときに,目新しい理論を使っているわけではない。逆である。いまでは古臭いとされている理論,たとえばケインズ当人による資本の限界効率の不確実性論,ハロッドの人口成長率を組み込んだ経済成長論,SCPパラダイムの独占批判(ただしガルブレイスの拮抗力の理論も使う),政策論では完全雇用余剰を利用した反循環政策論,クロヨン是正論,より広く混合経済論などを駆使するのである。

 私は伊東氏の主張すべてを支持するわけではない。たとえば,福島第一原発事故に関する全額国家補償論は納得できない。広く社会的行動についても,たとえば,鹿児島国際大学教授懲戒解雇事件での理事としての伊東氏の行動は受け容れられない。

 しかし,私は,伊東氏による「古い」理論を駆使してのアベノミクス批判は,まことに理に適っていると思えるのだ。むろん,私が新しい理論と経済学の数理的な理解に疎い「古い」学者だからそう思うのかもしれない。伊東氏の主張を批判する経済学者が少ないのは,「古い」理論だから相手にしないということなのかもしれない。しかし,古くても,間違っているとは限らない。後になってみると「古い」理論の方が正しかったのかもしれない。そこが,ときどきの支配的な価値観,流行り廃りに流される経済学や経営学のやっかいなところだと,私は思う。

「安倍首相は自らの政策を三本の矢と称した。
 第一の矢--量的・質的緩和は,株価の上昇にも為替の変化にも何の関係もない。株価が大きく上昇したのは外国ファンドの買いのためであり,リーマン・ショック以後落ちた欧米の株価が低金利政策もあって上昇し,元に復し,残る市場である日本に向かったのである。第二章『安倍・黒田氏は何もしていない(続・第一の矢を折る)』がこれである。」
「 第二の矢--国土強靭化政策は,予算化されていない。2014年度予算案の検討でこれを明らかにした。
  第三の矢--経済成長政策は,具体化の姿が見えない。何よりも,その時代ではないのは,第四章『人口減少下の経済』で明らかにした。」(本書108ページ)。

伊東光晴(2014)『アベノミクス批判 四本の矢を折る』岩波書店。

ついで。すみません,たぶんまだ売れ残ってますので。
W. アダムス&J. ブロック(川端望訳)『アダム・スミス,モスクワへ行く』創風社,2000年。

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