2018年11月9日金曜日

われわれの平和を保つ力はゴルゴ13に及ばないのか:「潮流激(たぎ)る南沙 -G資金異聞-」によせて (2017/11/27)

 なぜ,さいとう・たかを先生が「マンガ郷いわて特別賞」を受賞されたか(『河北新報』2017年11月26日)。それは,奥様の出身地の花巻市にも居宅を構えているほかに,「「ゴルゴ13」には岩手県出身の商社マンを度々登場させている」からだ。この商社マンが登場するエピソードには,私は強烈な思い出がある。

 この商社マンの名は藤堂伍一。第176話(1981年9月)「穀物戦争 蟷螂の斧」,第180話「穀物戦争 蟷螂の斧 汚れた金」,そして増刊第39話「潮流激(たぎ)る南沙 -G資金異聞-」(1994年9月)に登場する。最初のエピソードでは藤堂は日本の商社マンとして穀物取引でメジャーに挑戦してゴルゴのために敗れ,2番目のエピソードでは一匹狼の相場師として,ゴルゴの力を借りながらメジャーに復讐を果たす。だが,私が2000年ごろに最初に遭遇したのは3番目のエピソード「潮流激る南沙」であった。

(注意!以下,エピソードの内容を明かします)

 1990年代前半の東京。商社を引退し,岩手県で自分の理想とする農業のために支援活動を続ける藤堂は,ある日かつての上司に呼び出される。上司が告げたのは,南沙諸島の油田開発をめぐる中国,台湾,フィリピン,マレーシア,ベトナム,ブルネイの角逐が激化している背後に「1997年までに領有権を確立したものに200億ドルの開発資金が提供される。それがG資金=ゴルゴ13の資金だ」という情報であった。上司は,藤堂からかつて接触のあったゴルゴ13にこのことを伝えさせ,その反応を見て自らの動きを決めたいという。日本が石油・穀物メジャーに甘い汁を吸われてきたことに忸怩たる思いを抱く藤堂は,世界のバランスマップを塗り替えるゴルゴの力に魅せられてこれを了承。岩手の農村部までやってきたゴルゴと,深夜,バンの前後部座席をはさんで面会する。ゴルゴは「1997年。香港」とつぶやく。驚愕する藤堂。「そ,そうか!よくできた話だ」。香港が返還されれば開発資金では圧倒的に中国が有利になる。しかし,それ以前にG資金が供与されれば対抗できる。台湾やアセアン諸国は,そのために領有権確保に血眼になっていたのだ。

 しかし,ゴルゴは政治紛争などにかかわらない。これは偽情報であった。ゴルゴは偽情報の発信源がインドネシアに拠点を構えるユダヤ系武器取引資本であることを突き止める。彼らは,国際紛争解決の手段としてのゴルゴ13の存在を公にすることにより,その活動を停止させ,かわって自らの商品としての武器を拡販することを狙っていたのだ。武器取引資本の黒幕は射殺される。そして,国連に「すべてを捨てし者」から「200億ドルの資金を環境保護に寄付する」という連絡が,各国首脳には「G資金は国連に寄付され,消滅した」との連絡が入る。冬の寒い朝,藤堂は岩手県の自宅の縁側で,新聞報道と自分宛の1億円の謝金の振込通知により,ゴルゴがすべてを捨てることによって自分の生き方を守ったことを知る。そして,各国は紛争の矛先を収め,共同開発に向かおうとしていた。

 ヨーロッパのどこかの街を,霧の中に去ってゆくゴルゴ。シリーズの最終話かと思わせるようなラストであった。

 私が強い印象を受けたのは,当時,現実の世界においてJICAのベトナム市場経済化支援プロジェクトに関与し,その中でベトナムやアセアン諸国が,それぞれの軍事力の弱さや市場の小ささを乗り越えようと体制を越えて団結していたこと,それぞれの産業基盤の弱さと体制の相違にもかかわらず,平和と市場開放を唱えて世界に打って出ていたことを,プロジェクトの中で感じ取っていたからだ。アセアン諸国は,もはや大国にふりまわされる存在ではなく,主体であった。軍事的に弱体であればこそ,平和と開放を自らを強くする原理にしようとしていた。私は,2000年にもなって,初めてそのことに気がついたのだ。

 まさにその時,このエピソードを読んだ。それまで「ゴルゴ13」では,アメリカ,旧ソ連諸国,西欧諸国,中国,日本が権謀術数を繰り広げることは普通であったが,アセアン諸国が,それも複数で,自らの経済開発のために国際的駆け引きの主体となったのは,これがはじめてだったと思う。アセアン諸国の立ち上がりは,フィクションの世界にも及んでいる。そして,東北の片隅からもその動きと連なることはできる。私は当時,このエピソードをそのように解釈して,力づけられたのだ。

 あれから17年が過ぎた。あの時,おそるべき国際テロ請負人でありスナイパーであるゴルゴ13が存在するフィクションの世界において,彼が自分の生き方を守ったことにより,--ただそれだけで--南シナ海には平和が訪れた。彼ほどの恐るべきテロ請負人は,現実にはおそらくはいないであろう。ならば,フィクションの世界よりもこの現実の方が平和なはずである。なのに,その現実において,われわれは南沙(スプラトリー)諸島の紛争を,またその近辺の領土紛争をも平和的に解決できていない。われわれの力は,空想上の1人の孤高のスナイパーにも如かないのであろうか?そうは思いたくない。私は今,このエピソードをこのように解釈する。

収録先。

SPコミックス108巻(本)。
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SPコミックス108巻(Kindle)
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POCKET EDITION
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「<マンガ郷いわて特別賞>さいとうさん「東北に憧れ」 盛岡で表彰式」『河北新報』2017年11月26日。
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201711/20171126_35038.html

2017/11/27 Facebook
2017/12/18 Google+

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