2018年11月23日金曜日

トマ・ピケティ『21世紀の資本』第6・7章ゼミ記録 (2015/5/8)

 学部ゼミ議論メモ。『21世紀の資本』6章。「昔の資本主義は資本が利益を生んだが,いまは人的資本(知識,技能)が利益を生む」といった経済学や経営学に広くみられるワンパターンを実証データを持って批判し,資本が収益を生み出す力はいまなお侮れないことを示している。具体的には、資本蓄積の増進(βの上昇)が,それに伴う資本収益率低下(rの低下)を上回って,資本分配率を高める(αの上昇)傾向は起こり得るし,現に1980年代以後のフランスやイギリスでは起こっているとする(α=r×β)。より専門的に言えば,これはコブ=ダグラス型生産関数の想定への批判となる。ただし,狭隘な想定を批判しているのであり,生産関数を全否定しているのではない(だからこそソローがピケティをabsolutely rightというようなことも起こる)。
 7章。完全に能力主義によって所得が決定される社会を想定して思考実験。1)最大のネックは家族内での養育と贈与(相続)。能力主義的観点から言えば,前者は能力獲得機会の格差を生む可能性があり,後者は不労所得だ。では,市場経済と資本主義がもしも能力主義の徹底であるというならば,家族内にもそれを徹底させるのが本来のあり方なのか。裏返すと,資本主義を能力主義だという人は,暗黙のうちに家族は例外としていないか。2)それから,能力の基準がどうであるかによって,つけられる序列は変わってくるし,求められる訓練や努力も変わってしまう。加えて3)マクロ的制約。ケインズ的世界では,各人の能力差が小さくても,あるところで非連続的に雇用されるか非自発的に失業するかで所得が大きく違ってしまう。4)究極の問いは,資本収益とは何か。6章で説明されたように,資本運用労働の対価を控除してもまた純粋資本収益が残るならば,それはただ資本を所有しているがゆえの報酬であり,能力とは関係ないのではないかと言う問題が残る。





0 件のコメント:

コメントを投稿