2018年11月19日月曜日

加藤哲郎『日本の社会主義 原爆反対・原発推進の論理』岩波書店、2013年を読んで (2016/1/17)

 加藤哲郎『日本の社会主義 原爆反対・原発推進の論理』岩波書店、2013年。もともと「日本の社会主義」を論じるはずだったが、福島第一原発事故を受けて社会主義勢力の原子力観を中心に据える本に変更したようだ。
 この本の意義は、かつて、日本共産党も日本社会党も、原爆反対・原子力の平和利用賛成の立場に立っていたことを指摘して、その理由について史的検証が必要だと提起したことだ。若者にはびっくりだろうが、日本共産党が、現在存在する原発もすみやかに廃炉にすべきだと主張し始めたのは東日本大震災以後のことだ。それまでは、原発の増設反対、総点検、老朽化しているものから段階的に廃止という主張であった。また日本社会党のブレーンである有澤広巳氏は原子力発電の推進者であった。
 私は、1950-60年代のことは歴史としてしか知らないが、学生時代、つまり1980年代から1990年代初頭までの日本共産党の政策をよく覚えている。共産党は、核兵器については即時全面禁止を訴えており、当時このテーマでの運動に力を注いでいた。すでにソ連の核兵器についても批判的になっていた。一方、原発、すなわち原子力の平和利用については、「自主・民主・公開」の原則の下で適切に推進するという立場であった。現に存在する原発は技術的には未完成な技術であり、自民党政権や電力会社が上記3原則を守らないから新規立地に反対する、原発事故には厳重対処する、という方針であった。
 当時の共産党の特徴は、核兵器廃絶運動と原発の危険に反対する運動をまったく別個に行おうとしていたことである。共産党の影響が強い原水協では、核兵器廃絶運動のみを行い、反原発運動は行わないようにしていた。共産党が提唱して「非核の政府を求める会」をつくったときも、原発もテーマにせよという意見を退けて核兵器の保有や持込みのみをテーマとする運動に設定していた。
 そして共産党は、「現に存在する原発を直ちに廃炉にすべきだ」という市民運動とは一線を画していた。むしろ、これらの運動を「核と人類は共存できない」と主張するものだと決めつけ、それは「反科学主義」だとレッテルを張った。実際には、種々の運動のすべてが「核と人類は共存できない」といっていたわけではないし、それはそれなりに根拠があって行っていたので、反科学主義だというのも理屈に合っていなかった。現に、2016年現在では共産党も5-10年以内に現存する原発も廃炉という政策をとっているが、これはまさか反科学主義に基づくわけではないだろう。
 一方、社会党については、私にはあまり知識がないが、内部が現在の民主党のようにばらばらであったと思う。ラディカルな反原発の市民運動とも連携するグループもあれば、原発推進のグループもあって、まったく統一が取れていなかった。
 なぜこのようなことが起こったのか、それは社会主義の理論や思想とどのように関係していたのかは、確かに検証を要するテーマだ。
 しかし、執筆構想を途中で変更したせいか、加藤氏の分析は、どうも粗い。加藤氏の研究の命は実証にある。資料や証言から事実を再構成し、社会主義運動の建前の下で、実際には何が起こっていたかを明らかにすることにある。私は、氏のそのようなコミンテルン研究に強い影響を受けた(加藤哲郎『モスクワで粛清された日本人―30年代共産党と国崎定洞・山本懸蔵の悲劇』青木書店、1994年のこと)。ところが、本書では、著者が「原発に反対しないのはおかしい」と頭から決めつけているために、自分の主張を型紙にして「ほおら、原爆には反対していても原発には反対していませんでしたよね。それはダメ。社会主義オワタ」という議論の仕方になっているのではないか。肝心の、「原爆には即時廃絶で臨んだが、原発にはそうでなかった理由。その意味」の解明が弱いのだ。
 「鉄腕アトム」を読み返すまでもなく、原子力の平和利用に対する期待は、1950-60年代には日本社会全般に非常に強力なものだったと思う。共産党や社会党が原発に期待したのは、その日本社会全般を動かしたのと同じ力学によるものなのか、日本の社会主義の思想と運動に固有の問題点によるものなのか、本書ではよくわからない。
 そもそも社会科学的に考えた場合、核兵器と原子力発電は共通の面と異質な面がある。技術経営論で考えるならば、核兵器と原発が共通の原理、共通の問題点を持っていることは確かだし、相互の技術転用も可能だ。しかし、政治学や経済学で考えると、残虐兵器と、安全性に問題のある発電システムは、政治・経済システムにおける位置が異なっている。そのため、核兵器廃絶運動と反原発運動には、同一になる理由もあれば別々になる理由もあると私には思える。ここは、もっと立ち入った検討が必要なはずだ。

加藤哲郎『日本の社会主義 原爆反対・原発推進の論理』岩波書店、2013年。

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