2018年11月10日土曜日

メンバーシップ型の正社員とジョブ型の非正規を均衡待遇することの難しさ (2017/9/14)

 「「無期雇用へ転換、企業の覚悟問う」 東大の水町教授」『日本経済新聞』2017年9月13日。
 うーん。この問題の関連する審議会報告書などを読んでいないので断定はできないが,水町教授が何を理論的基準にして非正規の待遇を改善しようとしているのかが,よくわからない。推測するに,彼が以前から主張する「均衡待遇」論ではないかと思う。つまり,正規と非正規について,責任の重さなどで合理的な格差は認めながらも,賃金の決め方は一緒にしていく,というものだ。だから非正規も無期転換し,昇給させ,人材育成もし,格差を縮めるべきだと主張されている。この昇給とは,正規と同じ定期昇給のことであろうか。
 私は水町教授が東北大学においでだったころ組合役員をしていた。均衡待遇論を勝手に参考にして正規職員とパートの賃金表を同じものにせよと言ったこともある。ただし,教授と直接お話したのは1,2回であり,それも組合の話ではなかった。
 だが,いまになってみると非正規と正規では根本的に賃金形態が違っていることを考慮しなければならないように思う。
 正社員は多くの場合,新規学卒採用で職務を定められずに「入社」する。会社に入るのであって,特定の仕事に就くのではない。給料は職能資格制度に基づく社内資格給であり,能力に基づく支払いである。しかし,職務設計があいまいな日本企業ではその「能力」の基準があいまいになり,会社の要求にこたえて「なんでも柔軟にこなす」あいまいな能力が評価される。その上,少なからぬ場合,年功的に運用される。
 正社員は,会社の都合によって配置転換や転勤を命じられるし,時には出向さえ命じられる。それにはまず抗命できない。そのかわり,ある職務が会社の事業再編で消滅した場合,会社は別の仕事を当該社員にあてがう。これは労働政策研究・研修機構(JILPT)の濱口桂一郎氏が言うように,仕事に就いているジョブ型契約ではなく,会社に入るメンバーシップ型契約になっているからである。
 一方,非正規は多くの場合,職務を定められて雇われる。レジ係,時給いくらという具合である。給料は水準は低いが,形としては職務給であり,仕事に基づく支払いである。
 非正規は,配置転換や転勤や出向を命じられることは少ない。そのかわり,職務自体が事業再編で消滅した場合,解雇となることが多い。スーパーの店舗閉鎖でレジが消滅すればレジ係は解雇である。これはジョブ型契約になっているからであり,何もおかしくない。
 このように,正社員と原理が異なり,事実上の権利・義務の境界線が異なる非正規を,5年経過したところで無期雇用にした場合,どうなるか。
 正社員と類似した扱いで昇給させるというならば,雇う側としては,メンバーシップ型契約への移行をはかりたくなるはずである。つまり,曖昧な職務設計でも周囲と協力して目標のために粉骨砕身努力してくれて(残業もしてくれて),配置転換や転換にも応じてくれるようにしたくなる。それができない人を正社員のように昇給させられない。しかし,メンバーシップ型契約だと日本では解雇は難しいので,数を少数に絞りたくなる。そうすると,5年経過したら希望者は全員無期転換というのがコスト的に辛いので(もともとコストを下げたいから非正規を増やしたのだ),これを何とか逃れようと手練手管を尽くすことになってしまう。
 雇われる側としても,無期になって雇用が安定するのはいいとして,配置転換や転勤を一方的に命じられるようになるのは困る。もともと,家庭の事情でパート勤務にせざるを得ず,特定の場所でなければ働けないという人もいるからだ。急に仕事の中身を変えられても対応できない場合がある。
 このように考えると,パート労働法制定時に主張された「均衡処遇」論=処遇の基準の統一論で非正規の無期転換を進めようとするのは無理があると,私は思うのである。
 合理的な方向は,非正規のジョブ型契約をジョブ型契約のままにして無期転換することであると思う。配置転換や転勤はない。仕事に即して給料が決まるのであり,年齢は関係ない。昇給はさほどない。しかし,無期契約になるので雇用は安定する。ただし,職務自体が消滅した場合は解雇されるのである。これならば,企業にとって過重な負担とはならず,非正規労働者にとっては雇用が安定する。したがって,あまり無理なく,多くの非正規を無期契約に転換できるだろう。
 この方法の問題は,正社員と,無期転換した非正規とでは,賃金の決定原理が異なるために,「どのくらいの格差ならば合理的か」を定めることが難しいということである。そのため,賃金単価を引き上げることにはつながりにくい。
 また,企業側は「仕事自体が消滅したら無期契約社員を解雇」し,労働側はそれが普通であることを受け入れる,という,従来なかった慣行への飛躍が必要となる。正直,左右を問わずこれが難しいのではないかと思う。
 しかし,「均衡処遇」論では,少数しか無期転換したくない企業側と,全員を正社員に近づけよという労働側は衝突し,制度自体が行き詰まるのではないか。それよりは,「ジョブ型契約のまま無期転換」の方が合理的で実行可能だというのが私の見解である。

2017/9/14 facebook
2017/9/27 Google+
2018/11/9 表現を修正。

「「無期雇用へ転換、企業の覚悟問う」 東大の水町教授」『日本経済新聞』2017年9月13日。しょ

0 件のコメント:

コメントを投稿