2018年10月31日水曜日

井上義祐『生産経営管理と情報システム-日本鉄鋼業における展開-』同文館出版,1998年,読書ノート:著者のご逝去に際して (2017/12/27)

 2017年11月25日,長く八幡製鐵・新日鐵で勤務され,桃山学院大学教授,プール学院大学学長などを務められた 井上 義祐 (Yoshisuke Inoue) 先生が逝去されました。私は大阪市立大学勤務時代に初めて先生にお会いし,以来,鉄鋼業の生産管理と情報システムについて種々の教えをいただきました。まだ若かった私の荒削りで,時に見当はずれな問題意識を,広い心を持って受け止めてくださいました。それは先生の深い信仰に基づいていたのだと想像いたします。

 先生が東北大学で博士(経営学)を取得された時に,私は主査の安田一彦教授とともに審査委員を務めました。東北大学経済学研究科は,大学院重点化の際に論文の増加を予想してか,博士論文の審査様式を簡潔にしてしまいました。そのため,先生の論文の意義について正規の報告書に詳述できなかったのが心残りで,後日,先生に論文検討会でのレジュメをお送りしました。以下は,このレジュメから再構成した,先生の博士論文『生産経営管理と情報システム--日本鉄鋼業における展開』の読書ノートです。先生が,実務経験のリアリティを持つ教員という水準を超えて,経営理論の新たな地平を拓かれた研究者だったことを,ご理解いただけると幸いです。本書が提起された問題を,これからも同分野の研究者・学生とともに考え続けたく思います。

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2003年9月16日。安田一彦教授との検討会。

井上義祐『生産経営管理と情報システム-日本鉄鋼業における展開-』同文館出版,1998年。

1 本論文への基本的な評価は以下のように要約できる。
*戦後日本鉄鋼業の生産方式を生産管理面から解明することは,先行研究が少なく,オリジナリティある研究といえる。
*著者はこの解明を,八幡製鐵・新日本製鐵における長年の実務経験に基づくリアルな事例研究として果たしている。
*しかも,実務経験に基づいた叙述を個別事例にとどめず,システムズ・アプローチ,経営管理論の理論的枠組みとの関連,またそれらの領域や鉄鋼業史に関する先行研究との関連で学問的に厳密に位置づけ,体系的かつ歴史的な叙述にまとめあげることに成功している。
*特に,戦後日本鉄鋼業の生産方式を「生産経営管理システム」と「経営情報システム」の発展史として理解するという,独創的で有効な視点が提示されている。

2 具体的な論点
(1)経営管理を認識する視点の鋭さと,それによる深い事例解釈を高く評価すべきである。
・プロセスの優位について
 著者は,経営管理の管理階層別業務プロセス的認識(経営管理システム的認識)において,階層・プロセス・職能を単に併置するのではなく,階層別に業務プロセスがあり,それが関連職能によって遂行されるものととらえている。ここで重要なことは,プロセスが職能に先行していることである。これによって,職能別分業の観点から見た狭義の生産管理ではなく,プロセスの観点からみた「生産活動関連の業務プロセスの仕組み」としての「生産経営管理システム」という概念の明確化に成功している。そして,これによって,日本鉄鋼業において様々な職能部門別組織が,個別部門内の最適化にとらわれず生産プロセス革新に向かって協力したことの意義があきらかになっている。

・情報システムにマンシステムを含めた認識について
 著者は,経営管理の経営情報システム論的認識において,情報システムを狭義のコンピュータ利用システムとしてではなく,マンシステムも含めて考えている。これによって,情報システムを経営管理の情報処理面として,経営管理システムと同レベルに高く位置づけている。このことによって,君津製鉄所のAOL・KIIS構築過程で「工場のレイアウト・作業方法・要員配置を最初からシステムと一体化して考え」(216ページ)たことの意義が明確になっている。

(2)「生産経営管理」の概念の意義と課題について
・論点の所在
 著者の叙述における「生産経営管理」は,形式的には,経営管理を生産中心に理解したものという意味である。これは一般論として,どのような企業にも当てはまる概念のようにも読める。しかし一方で著者は,「日本鉄鋼生産方式の特徴を現す語句として」「生産経営管理システム」の語を用いている。このことをどう考えるべきだろうか。この論点は,片岡信之氏の書評でも指摘されていることである。

・生産経営管理を経営管理の中心として叙述することの意義
 著者の事例叙述に即して言えば,戦後日本の鉄鋼企業においては,経営管理が生産上の要求を中心に行われてきたように思える。つまり「一貫製鉄所単位の生産現場を主対象とした革新・改善による緻密な計画・管理重視型の,比例費的・コストセンタ的管理方式」([2]ページ)が経営管理の一側面をなすというだけでなく,経営管理の中心に座っていたのではないだろうか。このことが日本鉄鋼業の経営管理の特性であり,また競争力に貢献した要素だったのではないか。さらにいえば,日本鉄鋼企業の強さと弱さの双方を説明するポイントともなるのではないか。たとえば,一方では製造原価の厳密な管理,他方では品種別損益管理導入以前のおおざっぱといわれた利益管理,あるいは一方では高いコスト・品質上の競争力,他方では低い利益率といった特徴は,ここからある程度説明できるのではないか。
 このように考えると,生産経営管理の概念は,戦後日本における製造業企業の発展を読み解く手がかりになるような概念と言えるかもしれない。

・生産経営管理を経営管理の中心として叙述することの限界
 その一方で,著者は,生産経営管理が経営管理の中心に座ることについて,自然なことであるかのように叙述しているが,これはより相対化する必要があるのではないだろうか。生産経営管理の発達によって,経営の環境適応が進展するとパラレルにとらえていいのだろうか。
 方法的前提に遡って考えると,著者は経営体の三要素のうち「企業」,すなわち資本所有に基づいて事業の意志を決定する側面を考察から外したため,経営管理にあたえられる「全体の目的」(32ページ)とその変化をやや平板に捉えているように思える。むろん,著者が資本所有に基づく営利原則を無視して議論しているというようなことではない。そうでなく,経営管理に与えられる目的をごく一般的に前提しているということである。すなわち,コスト,品質,納期といった一般的な目的が所与の前提とされる傾向がある。
 しかし,実際には,それを超えた目的が「企業」的側面によって与えられることもある。日本鉄鋼業の事例に則して言えば,石油危機以後のように,工場そのものの閉鎖,終身雇用慣行の中での人員削減の至上命題化,多角化事業の展開とその改編などがあると,経営管理に要求される課題は,生産経営管理の高度化と必ずしも重ならなくなるのではないか。まして,戦後日本の高炉メーカーと異なり,多数の事業を展開する企業であれば,一事業部と企業全体の目的はかなり異なってくるだろう。

・生産経営管理概念の今日的課題
 そして,現在では高炉メーカーにとっても,「企業」の側面からの要求は経営管理の前面に出てきているのではないだろうか。著者自身が,鉄鋼業の生産方式は本書で記述されたものから「販売・生産・社外流通までの広い範囲を対象とした,損益重視の品種別固定費までも含めたプロフィットセンタ的な管理方式へ,さらには,CALSを用いた業界レベルでの設備の調達・管理や物流の情報交換へ」と変貌しつつあると述べている。このことは,生産経営管理のさらなる発達と位置づけられるのだろうか。それともそれでは説明しきれず,経営管理の別の側面を重視した記述が必要なのか,あるいは生産経営管理自体がこれまでとは異なる方式に転換しつつあると言えるのだろうか。この課題に応えることによって生産経営管理の理論的・歴史的位置付けはより明瞭になり,本書の意義はさらに大きくなるだろう。

(3)「プラン・オリエンテッド」な管理という観点の意義について
 著者の叙述からすると,プラン・オリエンテッドな管理の意味は次の三つにある。
1.計画値を堅持することでQCDを達成する。管理は例外管理中心で可能となる。
2.職能部門を超えたプロセス優位の生産経営管理システムを機能させる。
3.管理への改善の組み込み。
 ただ,「プラン・オリエンテッド」という概念が,他のどのような概念と対比されるべきであるかが,示されていない。例えば,自動車産業におけるMRPやJIT生産方式とはどのような関係にあるとみるべきだろうか。鉄鋼業以外の産業でも適用可能である,あるいは実際に行われていたのであろうか。今日における生産方式の転換の中でも有効なものなのであろうか。
 特に,「プラン」という語のイメージからすると,上記の1はすんなりと理解できるが,2や3は必ずしも「プラン」「計画」という言葉によって表現されないのではないかという疑問もわき,これが著者がこの概念に込めた意味をわかりにくくしているように思える。

(4)システムの人的側面のとらえ方について
 著者はシステムズ・アプローチを企業に適用する際に,人間を含めた「マン・マシンシステムとしての情報システム」という見地を取っている。「マン・マシンシステム」として日本鉄鋼業の計画・管理システムを理解するのであり,その見地からの説明は説得的である。
 同時に,システムの構成員が近代的個人であることから独自の問題が生じる。すなわち,労働者や経営者の自発性を引き出すことが課題になる。すでに李捷生氏が書評で指摘しているように,八幡製鉄・新日鉄の従業員が計画達成・例外処理・改善のしくみを支えるには,高い能力と強い意欲が必要であり,これらを引き出すインセンティブ・システムが必要だったはずである。このことに関する叙述が本書にはない。ただし,著者が提出した補足論文は,これに教育訓練による能力の養成という面から答えたものであり,李の書評に対する誠実な回答として評価されるべきである。
 しかし,システムズ・アプローチ,あるいは生産経営管理システム(プロセス優位)の観点からすれば,まだ十分な回答とはいえないのではないか。特に,製鉄所がシステムとして機能するためには,「最適指向を工場や職能単位ではなく全体的に見るということが保証され」る根拠としては「全工程を通しての全体最適化目的が指向され,そのために個別の工場・工程の部分最適化は犠牲となりうることが,各工場長により暗黙裡に了承されている」(117ページ)ことが必要だったはずである。このようなことがなぜ可能になったのかは,まだ明らかではないように思う。しかし,こうした側面は先行研究にも蓄積があり,著者にこの面までも解明も求めることは過大な要求であろう。

3 むすび
 以上,本書は日本鉄鋼業の生産管理と情報システムについて「生産経営管理」,「プラン・オリエンテッド」な管理,「マン・マシンシステムとしての情報システム」という斬新かつ緻密な切り口を提示し,その観点から戦後日本鉄鋼業の発展を理解した画期的な書である。ここで提示した疑問点も,本書の価値を低めるものではない。逆である。本書を読み込むことによって,より高度な疑問が派生し,次なる課題を発見することが可能になるのであり,それは本書の到達点の高さゆえのことなのである。

2017年12月27日facebook投稿を転載。

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