2018年10月30日火曜日

過半数代表制の母数に非常勤講師を含めることの是非に関する経験的考察:東北大学の雇い止め問題を素材として (2018/1/13)

 首都圏非常勤講師組合のメンバーが,就業規則に不備があったとして東北大学を労働基準監督署に告発した件。告発する側の論理は,こういうことだと思われる。「労働契約法の全面施行に伴って,通算5年を超える有期雇用の教職員に無期雇用転換の権利が生じるのを,東北大学は就業規則の変更で有期雇用の教職員は5年を限度にした。ところが,就業規則変更の際に義務付けられている労働者過半数代表からの意見聴取において,非常勤講師やアシスタント(はっきりしないがたぶんリサーチ・アシスタント(RA)かティーチング・アシスタント(TA)のことだろう)を母数に含めなかったので違法だ」。

 これは,実はパンドラの箱を開けるような難しい問題である。

 もともと,過半数代表制というのは非常に脆弱な制度である。労基法が制定された戦後直後は,労働組合が燎原の火のように勢いよく結成されており,「労働組合があるのが当たり前」になりそうであった。だから,労基法は労働組合があることを予定して,経営者に対し就業規則変更に際には過半数労働組合の意見を聞くことを義務付けた。そうした組合がない場合は余り予定されていなかった。一応,労働者の過半数代表の意見を聞くこととしたが,この過半数代表とはどういう母体の下でどう選ばれるのか,その公正さはどう担保されるかはすべてあいまいなままだった。そんなことで,どうやって過半数代表制の公正さを判断するのだという問題がそもそもある。

 次に,労基法は実態主義だということが問題を複雑にする。国立大学教職員は2003年度までは国家公務員だった。国家公務員法は形式主義なので,法と規則で決めればそのとおりになる。わかりやすい例では,上司が残業命令を出さない限り,実態がいかにひどいサービス(不払い)残業であれ,超過勤務とは認められない。裁判に訴えてもほぼ100%負ける。しかし労基法では,逆に上司が命令しようがしまいが,実態として超過勤務せざるを得ない状況で終業時刻後も働いていたならば,超過勤務と認められる。裁判に訴えると労働者が勝つ可能性が高くなる。

 東北大学の法人化に伴い,教職員が非公務員化されて労基法適用になるので,労働者過半数代表制をどう設計するかが問題となった。その際の一つの論点は,実態論としてどこまでを労働者過半数代表制の母数に含めるかだった。いまは管理職の私だが,当時は数百人の小さな組合である東北大学職員組合の役員であり,事業所ごとの過半数代表制度のモデルを提案した当事者だった。最初に問題になったのは,準職員(フルタイム非正規)や時間雇用職員(パートタイマー非正規)の扱いであり,これについては母数に含めることで合意した。世間で企業別組合の問題点として言われる,非正規職員をまるきり無視する対応は,大学も組合も取らなかった。そもそも組合の要求の眼目の一つが,法人化直前に非正規職員が雇い止めされないようにすること,処遇を改善することだった。

 しかし,非常勤講師やRA,TAの扱いは,正直どうしていいかわからなかった。非常勤講師の実態は千差万別である。他に○○大学教授などの本職があって,2単位(30時間/年)だけ東北大学に教えに来る人もいる。これだと,東北大学での講義は,いわば連続の講演みたいなものである。現に,形式上は報酬を謝金として措置していた。しかし,一方で非常勤講師が本職で,複数の大学の掛け持ちで食べている人もいる。ただし,おそらく首都圏や関西圏などの大都市圏に比べると少ない。なぜなら,仙台では掛け持ちできるほど大学がないので,非常勤だけで食うことがそもそも難しいからだ。またRAやTAも,形式としては法人化以前から雇用形式だったが,年間30時間程度から年間500時間を超える人までさまざまであった。RAとTAはほとんどが院生であり(少しポスドクもいる),本当にどうしても人手が必要だから雇っている場合もあれば,院生の生活支援のための奨学金的意味合いで雇っている場合もある。もちろん,後者でもカラ出勤がないように有効な仕事を割り振ってはいるが。

 結局,2004年4月の法人化に際して,東北大学は,労働者過半数代表の母数に非常勤講師とRA,TAは含めないという方針を取った。実際,いまでも東北大学の「教職員数」に非常勤講師やRA,TAは含まれていない。そして,この時,私を役員の一人とする東北大学職組も,それに特に反対はしなかった。私もどうしたらよいかわからず,組合の立場から宮城労働局に相談に行ったが,そこでも労働基準監督官からは「実態による」としか言われなかった。ついでに言うと,東北大職組は当時,非正規職員は大いに組織化対象としたが,非常勤講師は対象としなかった。なぜなら,非常勤講師で食っている人は必ず複数大学を掛け持ちしているのであり,それならば「企業別組合」である東北大職組よりも,一般組合や,職能別組合である非常勤講師組合に入ってもらう方が有効と思えたからだ。東北大職組では他大学と交渉できないが,一般組合や職能別組合ならば,一つの組合で複数の大学と交渉できるからだ。

 この,法人化時点で東北大学が非常勤講師やRA,TAを労働者過半数代表制の母数から外したことが,正しかったのか間違いだったのか,いまでも正直わからない。

 しかし,労働契約法に基づく無期転換の問題が起こってみると,また話は違うと思う。少なくとも,新たに3つの点が争点になると思うからだ。第1に,早稲田大学の事例により,非常勤講師は業務委託を受けているものでなく労基法上の労働者であるという判断が主流になったことだ。それなら,他の大学でも実態に応じて労働者と認め,過半数代表制の母数にすべきではないかということになる。第2に,実態として非常勤講師を本業としている人が,実はかなりの数いるのではないかという問題だ。このことを法人化時に精査しなかったのは,大学の問題であるし,また私を含む組合の問題だったと思う(正直あの時は殺人的な忙しさで,精査しようにもできなかっただろうが)。そして第3に,他のことはとにかく,労働契約法に基づく無期転換ができるかできないかは,非常勤講師にとって死活の問題であり,したがって当事者として就業規則変更過程に参加する資格を持つべきではないかという論点だ。

 私は労働法の専門家ではないので間違っているかもしれないが,自分の知識が及ぶ限り,この三つの論点を精査しなければならないと思う。そして,場合によっては東北大学の就業規則変更が違法・無効とされる可能性もあると思うし,そうなった場合には有期雇用の通算機関が2018年3月末で5年に達する有期雇用の教職員のうち,希望する人すべてを無期雇用にするしかないように思う。



<東北大雇い止め>非常勤講師ら大学側を告発「就業規則変更は無効」『河北新報』2018年1月12日。
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201801/20180112_13006.html

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