2018年10月27日土曜日

働き方改革と最低賃金。3人の方へのインタビューを読んで (2017/02/23)

 以前も書きましたが(),私は冨山和彦さんに賛成で,全国一律最低賃金制を導入して,水準は時給1000円にすべきと思います。企業経営者の知人の苦悩の顔が浮かび,また実は大学の予算管理という点から私自身が苦悩しないでもないのですが,一応学者なので自分の都合を離れて申します(実は,配偶者控除縮小にも,空に向かって絶叫しながら歯を食いしばって賛成しています)。
 時給1000円を社会的基準とし,企業の方がそれにあわせて生産性を向上させるべきだと思います。ブラック企業を根絶するという意味でも,地域別でなく全国一律最低賃金にして地方のセーフティネットにするという意味でもプラスだと思います。ブラック企業を一つずつ取り締まるよりも,また春闘のたびに政権から企業に賃上げ要望するなど健全でなく,漏れも大きいやり方よりも政策実施コストも下がるでしょう。所得が低い人は,増えた所得を消費に回す率が高いですから,賃上げは有効需要にストレートに結びつきます。それによりデフレ脱却にもプラスです。
 鶴光太郎さんのように,生産性と関係なく賃金を上げるのはおかしいというのは,経済学者の,普通の,しかし教科書的過ぎる反応です。現在の独特な状況を出発点にすべきだと思います。現状は,失業率が下がっているのに慢性デフレから脱却しない状態です。政府から経団連に申し入れてまで名目賃金を上げようとしても消費が盛り上がらない。それは,この方法では大企業や正社員にしか賃上げが及ばないからです。デフレ脱却を確かなものにするのは,低所得層の賃金上昇です。賃金が上がった分を確実に使いますから。慢性デフレというもともとの状態が歪んでいるので,それを解消するための措置としての一律賃上げは有効だと思います。
 藤川さんのおっしゃる1500円というのは社会運動の側から,これだけあれば何とか食える水準として出されています。それはもっともですが,賃上げ率が中小企業に厳しすぎて,無理だと思います。1000円から始めることに運動の側も集中した方が良いでしょう。
 ただし,何事もよいことばかりではありません。最低賃金1000円だと,1)企業は生産性を上げるために自動化に努力するか,2)組織と人の使い方を工夫するか,3)耐えられずに事業を縮小するかです。2)はよいとして,1)と3)だと,少なくとも一時的には雇用が縮小します。その副作用は覚悟しなければなりません。
 しかし,それがあるにしても,失業率が3.18%まで低下し,あちこちで人手不足になっている現状は,実行のタイミングとしては悪くありません。また,その失業増加に対してこそ,どうせジャブジャブと行うのですから,財政政策を雇用重視にシフトさせて使うべきです。確かに,それでは財政赤字問題は好転しません。しかし,現状のように,財政赤字を出しても出しても効き目が薄い状態よりは,はるかにましで有効だと思います。賃金インフレと生産性格差インフレのおそれが出て来るかもしれませんが,もともと慢性デフレよりはある程度のインフレが望ましい状態ですから,これまでいまよりははるかにましでしょう。それに,金融のジャブジャブ緩和だけで起こすインフレよりは,庶民がやや明るい気分で物を買っている中でのインフレの方がはるかに健全だと私は思います。つまり,副作用はあるのですが,いまならば,他の時よりははるかにまし,というのが私の政策判断です。
 なお,鶴さんがひとつ重要なことを言っています。それは,「最低賃金近くで働く人は非正規雇用が多く、家計を担う人もいる。同時に一家の大黒柱がいる比較的裕福な家庭で、補助的にパートやアルバイトをしている主婦や学生もいる」ということです。非正規の問題は,この後者の人が「家計補助だから安くても困らないでしょ」ということで低賃金にされてしまうことです。それは,非正規の仕事で「家計を担う人」の賃金を下方に引っ張ります。結果,困窮します。また,同一労働同一賃金でなく,人を見て払う賃金が定着し,その評価基準はあいまいになります。むしろ,「中高年女性だから家計補助で,安くてもいいでしょ」という昭和的慣行が重しになって,全体が下がります。
 家計を担う人と主婦パートの差をなくすようにし,職務評価に基づく賃金の慣行(同一価値労働同一賃金)を広げていかないと,この重しの作用がなくなりません。この現実に気が付いたのは鶴さんが鋭い。ところが鶴さんは,「最低賃金はそのすべてに及び、生活に困っていない人の所得まで同時に上げるので、低所得者や貧困対策としては漏れが多い」としてしまいます。これは昭和の世界の発想です。確かに,1980年代までなら,非正規の主流は正社員の夫を持つ主婦パートだったから,生活に困るほどではなかったかもしれません。でも,この20年間は,非正規で食っている人が増えているのです。「家計補助だから安くていいでしょ」という慣行こそが貧困をひろげる「重し」なのであって,これを取り除くためには最低賃金引き上げは有効であり,副作用よりプラスの効果が大きいと私は思います。

2015年10月28日投稿。

「論点 働き方改革と最低賃金」『毎日新聞』2017年2月22日。
http://mainichi.jp/articles/20170222/ddm/004/070/046000c

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