2018年10月25日木曜日

移民を流入させたがゆえの悩み,移民を流入させないがゆえの悩み (2016/6/28)



 移民を流入させたがゆえの悩み,移民を流入させないがゆえの悩み。その根底は同じ問題ではないか 。
 先日来学されたアンソニー・P・ダコスタ教授は,労働者の国際流動性は,グローバル資本主義の現局面における本質的な特徴だとみなしている。つまり,それなくしてはグローバル資本主義が成り立たないほど重要なものだというのだ。このことは,イギリスのEU離脱が根の深い問題であり,その根本問題はどの国にも違う形で存在するということを示唆している。彼の議論を私なりに理解すると,以下のようになる。
 先進資本主義諸国の経済は本国経済のサービス化と,製造業の海外移転に活路を求めている。それは,一方では高付加価値のサービスに携わる高度専門家の需要,他方では不熟練のサービス労働者の需要を作り出す。例えば,金融中心地には商業・投資銀行の建物が並ぶ。そこでは,金融専門家やIT専門家が働いている。また金融中心地では法律家や税務,会計の専門家たちも働くことになるだろう。しかし,そこではレストランやブティック,コンビニも立ち並んで,そこには少数のマネージャーと多数の店員が雇用される。また銀行であれ店であれ法律事務所であれ,メンテサービスや清掃なしには成り立たないので,そこでも,ごく少数のマネージャーと多数の不熟練労働者が雇われるだろう。そして,金融中心地のビルを建てるには建設労働者が必要で,これは第二次産業の減少に反作用する。
 加えて,ITが種々のサービスを取引可能・交易可能なものとした。先進国の大都市の顧客サイトでは「オンサイト」で,それ以外の国内では「オフサイト」で,海外では「オフショア」で,ソフトウェア開発や,システムメンテナンスやコールセンターや,人事・経理サービス,その他各種のビジネスサービスが工程間分業を繰り広げながら行われている。国際分業が可能になったことで,サービス労働の需要が全体として拡大する一方,そこでも知識集約的業務が先進国,労働集約的業務が途上国で営まれるという国際分業が生じる。
 ところが,経済発展とともに平均寿命は延びる一方,子どもを持つことがコストと受け止められるようになって少子化が進み,先進国の人口構成は高齢社会へとシフトする。すると,個々の事情によってばらつきは出るが,特定のセクターで特定の種類の労働者が不足することが起こる。日本で言えば,IT技術者,医者,看護師,介護士,保育労働者,バス運転手などなど。自動運転くらいはもうすぐ実現するかもしれないが,サービス労働は人的技能に依存しているからだ。しかも過不足は地域についても技能についても不均等に現れる。不足するのは高度技能を持つ専門家であるかもしれないし,不熟練労働者であるかもしれない。
 他方,途上国の一部は急速な資本主義発展を遂げ,残りは停滞する。一部のセクターだけ多国籍企業主導の輸出によって急成長し,残りは農業社会のままということさえある。すると,これも個々の事情によってバラエティはあるが,高等教育を受けた労働力が余る社会(特に顕著なのがインド)や,不熟練・半熟練労働者が過剰となる社会が出てくる。
 この相対的な不足と余剰の関係は国際労働力移動を引き起こす。従来と異なるのは,情報通信技術の発達によって移動コストが低下したこと,不熟練労働力のみならず高度専門家が大規模に移動すること,サービスが取引可能になったため,オフショア・サービスをめぐる国際的な協業と分業が生じること,いったん海外に出た高度人材が,新興工業国に帰還する現象もみられることだ。不熟練労働力の大量移動は,東南アジアから中東湾岸地域への建設労働者の出稼ぎに見られるし,高度専門家の大量移動は,シリコンバレーで働き,起業するインド人IT専門家に代表される。それらなくしてドバイの都市建設は成り立たず,アメリカのソフトウェア開発は成り立たない。
 このように,グローバル資本主義が成長を続けるためには,労働者の国際流動性が全体として不可欠になっている。しかし,発展の表れ,過不足の表れ,それへの対応の仕方は,一国の制度とその調整のあり方によって異なっている。これがダコスタ教授の現代資本主義論だ,と私は解釈している。
 彼の言う通りだとすれば,労働者の国際移動が進んだため生じる問題も,進まないために生じる問題も,グローバル資本主義がある限り回避不可能ということになる。問題の表れ方は色々だ。イギリスのように,経済全体は国際労働移動によって成長しながら,貧しい人々が移民に反発する場合もある。このことは,今回のEU離脱に部分的であれ作用しているだろう。類似の問題は,程度や地域や職種の差はあれ,西欧諸国でもアメリカでも発生している。アメリカの場合は,トランプ旋風によるイデオロギーの側面が強いかもしれないが。
 他方,日本のように高齢化と出生率低下による人材不足に直面しながら,移民や外国人人材を意識的または無意識に受け入れにくい社会もある。日本人は,移民に仕事を取られなくて済むと安心している場合ではない。IT技術者から看護師から介護士から,あちこちで技術や技能を必要とする労働者が不足している。これらの職種では,実は高度人材が海外から入っても日本人の仕事はなくならない。しかし,外国人が参入しにくい制度なので,不足のままである。そのためIT業界は競争力が付かず,起業はいま一つ盛んにならず,子育てや介護など社会の重要な機能がマヒする。子育てや介護だと,そのしわよせは,放置される子どもや老人に行くか,負担を昔のように押し付けられる女性に行くか,少ない人数で多くをこなしている専門家・労働者の労働負荷に行く。これは,移民が流入することの副作用とは真逆の,しかしやはり深刻な問題である。
 イギリスと日本で現れ方がまったく違っていても,問題は根底で繋がっているのではないか。もしそれが回避不可能なのであれば,まともに立ち向かわないと,事態は深刻化するばかりだろう。
2016/6/28 Facebook
2016/7/3 Google+


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