この舞田敏彦「博士を取っても大学教員になれない「無職博士」の大量生産」という記事については,よく検討しなければならない論点がいくつかある。
*まず事実認識について,この記事の図1に謎がある。ある年と1年前の「大学本務教員数」を比較して教員の需要を出すと,ほぼ一貫して教員市場での需要が減少しているという。しかし,浦田[2015]14頁の図7によれば,「大学教員離職者数」でみた置き換え需要は1990年代から2012年まで上昇傾向にあり,以後,2021年まで減少して,その後は微増となると予想されている。この食い違いは何なのか。「教員需要が一貫して減っている」というのと,「2012年まで増えて,以後漸減したあと微増になる」では全然意味が違う。
*とはいえ,博士課程終了後に大学教員になれるものの割合が縮小していることは記事からも浦田[2015]からもまちがいない。そして,大学教員以外の研究者,技術者,保健医療従事者(端的に医者),その他の職になる人,さらにポスドクの一時的な職に就く人も増えてはいるが,それ以外の就職できない人が増えていることもまちがいない。これは深刻であり,博士課程に進む人が減るのももっともである。私の所属部局も後期課程定員20名に対して今年度は8名しか入学しなかった。
*日本国内だけでは就職できないとすれば,海外での就職がどれくらい事態を改善するか。日本人院生を鍛え上げて海外に送り出すのももちろん大事だが,大学・本人とも現状とは段違いに努力しないとできることではない。海外での就職がもっともあり得るし,現在でもできているのは留学生が母国や第三の国で就職することだ。記事はこのことを忘れている。
私の周囲では,帰国就職は今のところ機能している。私のゼミでも帰国して教員,研究機関,政府機関の職を得た博士はいる。そもそもわが日本は,大学・研究機関以外は博士を修士より採用したがらない,世界でもまれにみる博士虐待社会なのであって,ほとんどの場合,留学生の母国の方が博士への待遇はよい。日本で高卒より大卒の給料がよいように,例えば中国では博士が普通に就職活動をし,普通に学士・修士よりよい給料で就職できる。もちろん職種は限られるが,銀行,証券,商社,政府機関,シンクタンクなどがありうる。
ただし,日本に留学する留学生は日本社会になじんでおり,その分だけ欧米留学組に比べると母国での就職活動が不利になったり,対象職が狭まったりする。つまり,日本研究,対日ビジネス関連要員として雇われる部分があり,日本のプレゼンスが下がると職も減るわけだ。そのため,日本での就職を希望する場合も少なくない。すると日本人学生同様に就職難に見舞われる。
*以上の事情からすると,大規模な改革をする以前に,博士課程を現在の規模で維持しようとすれば,留学生を受け入れてまた帰国してもらうというルートしか依存できるものがない。しかし,そのルートにいつまでも頼るのは難しいのも上記から明らかだ。
*となれば改革は必要であって,1)覚悟を決めて博士課程を縮小する,2)日本人博士の海外就職を支援する,3)企業にメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への転換を進めてもらい,博士を採用してもらう,のいずれかあるいは複数を実行しなければならない。
1)と2)は大学でできることだ。苦しいことだがやらざるを得ない。他方,3)は大学だけではできない。博士の社会人としての適応性が悪いのだから大学が何とかしろという意見があるが,多少は当たっているものの,言い過ぎである。留学生の博士は母国で就職できているのだから,日本の雇用システムが博士を欲しないのが最大要因なのだ。そこが変わるかどうかが問題であり,変わっては欲しいが大学から手出しできるものではない。
*なお,この記事が言うシニア層の受け入れについては,シニアの構成がさまざまであるためにここでは保留する。別途検討を要する。
浦田広明[2015]「大学院の変容と大学教員市場」『日本労働研究雑誌』No.660,労働政策研究・研修機構,7月,4-15頁。
http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2015/07/pdf/004-015.pdf
シェア先
舞田敏彦「博士を取っても大学教員になれない「無職博士」の大量生産」『Newsweek』2018年1月25日。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/01/post-9390.php
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