7月24日(Google+転載は25日)以来続きを書かなかったのは,労働契約法の趣旨を守った場合の,その先に待ち構えている困難について頭を整理しなければならなかったからだ。そしてそれが,東北大学だけの問題では全くなく,日本のどこの企業でも起こり得ることだからだ。
労働契約法は,有期雇用労働者が5年を超えて雇用された場合に,本人の申し込みによって無期契約に転換できることを定めている。この規定が適用されるのは,2018年4月1日に5年を超える人からだ。
対して,東北大学の就業規則は,有期雇用労働者の契約更新限度を5年と定めている。就業規則に従えば,2018年3月31日で採用後5年となる人は契約を更新されず,雇い止めになる。東北大学職員組合,東北非正規教職員組合,首都圏大学非常勤講師組合の3つの労働組合は,この雇い止めは労働契約法の規定を逃れるためのものであり,労働契約法の趣旨を曲げるもので不当であるとして,希望する非正規労働者全員の無期転換を求めている(※)。
これについて,昨年から厚生労働省は,無期転換を避けることを目的として無期転換申し込み権が発生する前に雇い止めをすることは望ましくないという見解を表明している。文部科学省は12月になってこの厚労省見解を大学に伝え,この問題への対処を促している。情勢としては大学の側が追い詰められている。5年雇い止めの一律適用を何らかの形で修正せざるを得ないであろう。
私は以前の投稿で,「職務自体が事業終了や組織再編で消滅する場合を除いて,希望者全員を無期転換することが適切」とする見解を表明した。いまもこの見解には変わりはない。つけ加えるならば,査定によって更新が左右されることが前の更新時に合意されている労働者については,査定結果によって雇い止められることもあり得るだろう。
しかし,このような無期転換が実現したとしても,問題は終わらない。無期転換した後に起こる雇用問題はきわめて深刻だと予想されるからだ。
2018年4月以後もこれまでと同じ職務(仕事)が存在するならば,同じ人を雇ってきちんと働いてもらえば何も問題はない。そこまではよい。問題は,その後に事業終了や組織再編で職務が消滅する場合だ。大学経営側はどうすべきであり,労働組合はどう主張するつもりだろうか?
正規職員の場合は,「大学内で配置転換して別の職務を割り当てる」が妥当な答えであり,現にこれまでも東北大学ではそうしてきたし,これは日本の雇用システムの中で一般的な対応だ。慣行として解雇を避け,定年までの雇用を維持するのだ。では,無期転換した非正規,つまり東北大学で言う准職員(フルタイム)や時間雇用職員(週30時間以内パートタイム)がついている仕事がなくなった場合はどうか。
「配置転換すべきだ」と組合側は言うかもしれない。だが,その主張を,正規職員と同じように押し立てることは難しい。なぜなら,正規職員は勤務事業所や職務を定めずに「東北大学の職員」というくくりで雇われているが(メンバーシップ型雇用),非正規職員は事業所や職務を定めて雇われているからだ(ジョブ型雇用)。さらにいうと,大部分は事業所の予算と権限で雇われている。
メンバーシップ型の場合,特定職務がなくなっても労働契約の基礎は失われないので解雇される理由にはならない。他の職務を割り当てよと労働者が要求することももっともだ。しかし,ジョブ型雇用の場合,労働契約の基礎にある職務そのものがなくなった場合は,契約終了,すなわち解雇は,論理的には自然な措置である。この場合の解雇は,東北大学全体の経営が苦しいからでもないし,当人の成績が悪いからでもない。単に,契約していた仕事そのものがなくなったからである。したがって,不当解雇ではない一方,労働者側にも何も責められるべきことはない。
しかし,この主張は,日本社会においては,労働組合はもちろん,少なからぬ経営者にも受け入れられない,あるいは実行しがたいと思われるかもしれない。日本では,ある特定の職がなくなったからと言って,労働者を解雇することは少ない(もちろん,ないわけではなく,この失われた20年には増えつつある)。非正規の場合は解雇ではなく雇い止めをするのが普通である(後述)。解雇は,経営者としてやるべきでないこととされる一方,解雇されたという経歴は労働者にとっては,問題人物としてその後の職業生活でも不利になりかねないものである。「解雇=悪いこと」「解雇された人=問題人物」という2種類の観念が非常に強力なのが,戦後日本社会の特徴なのだ。したがって,一つ一つの解雇が紛争になりやすい。
では,無期転換した非正規労働者も,職務消失の場合に解雇せず,配置転換して別の職務に移せばよいか。その余裕がある大学ならやってもよいだろう。しかし,二つの点で問題がある。
一つは,現在の国立大学にそのような余裕がないということである。国立大学の経営は苦しく,今後も量的拡大は望めない。そもそも18歳人口が減少し続けている間は,むやみに拡張すべきでもない。ということは,大学全体として職務の量,数は減少する可能性もある(説明責任強化や学生サービス重視,国際交流のために増え続けているという現状はあるが)。職務の量=必要総労働時間が減少するときに,職務を失った人を配置転換をするのは困難である(どうしてもするならばワークシェアリングが必要)。このような時に,人員削減を制限されては国立大学はますます苦しくなる。
もう一つは,このような措置を取るならば,無期転換した非常勤の契約の基礎が変わってしまうということである。特定の事業所の特定の職務のために雇われる(ジョブ型雇用)のではなく,東北大学に雇われる(メンバーシップ型雇用)ことになる。これは契約上の混乱を招くうえに,労働者にとってよいことばかりではない。
メンバーシップ型雇用の場合,勤務場所や職務は,おおむね大学が指定することができる。労働者側が職務消失の場合に配置転換を求めるのであれば,大学側も通常から配置転換や職務の拡大を命じる権限を求めるだろうし,それは論理的合理性からいっておそらく認められるだろう。
もし,1)労働者の多数が無期雇用となり,2)また有期雇用の人も5年を超えると無期雇用に転換する可能性が高くなり,3)さらに解雇は困難であり,4)非正規を含めてメンバーシップ型雇用になった場合,どのようなことが起こるだろうか。
雇用調整により人員を削減することが困難になり,国立大学は極めて困難な人事管理を迫られるであろう。それは研究・教育の圧迫につながる。さりとて,この前提の上で経営手腕を発揮しようとすれば,新規採用数を抑制して,現任の職員が剰員とならないようにしながら職務を担うしかない。それは,恒常的残業,長時間労働,担当の無制限な拡大を伴う。働きながらの育児も介護も不可能であり,無制限にはたらく夫と専業主婦の組合せが歓迎される職場となるだろう。要は,従来型の日本企業の再創出であり,ブラック企業化の危険である。こうした働き方を,21世紀も5分の1を過ぎようという時に,わざわざ求めることになる。働き方改革どころの騒ぎではない。
もちろん,潤沢な予算があれば賃下げをそれほどせずにワークシェアリングをして,それぞれの勤務時間を短くすることもできる。しかし,そんな余裕を国立大学に持たせることに,政府もさることながら世論が同意するとも思えない。
今までは,非正規の職務が消失した時には,年度末に雇い止めして来た。多くの非正規職員は1年契約である。だから,その職務が消失する場合には,年度末で契約を更新しなかった。契約を更新しないことと解雇は法的にはまったく異なる(当人が同じように「クビになった」と思うことはもちろんあり,今回の問題でも組合は「クビにするのか」と大学に迫っている)。そのため,あくまで解雇と比べれば,ではあるが,紛争になりにくく,またなったとしても使用者側が有利な結末として決着することが多かった。しかし,今後はこれらが,解雇をめぐる紛争の頻発へと移行しかねないのである。
一体どうすればよいのか。問題を解決するための一番整合性のある,仮に実施できるなら持続性のある方法は,ジョブ型雇用の原則に従うことである。1)労働者の多数が無期雇用となり,2)また有期雇用の人も5年を超えると無期雇用に転換する可能性が高くなり,3)無期転換した非正規労働者は事業所・職務限定の雇用のままとして,4)配置転換も,決められた職務以外の割り当てもを命じないが,5)職務自体が消滅する場合には解雇する,というものである。いまのところ,私にはそれ以外の方法が思いつかない。しかし,この方法に経営側が踏み込めるか,労働側が納得するか,司法がそのような法解釈をするのか,楽観できないというのも正直なところである。
そして,この問題は東北大学だけの問題ではない。日本の雇用システム全体の問題である(※※)。有期雇用労働者の無期雇用への転換は,メンバーシップ型からジョブ型への移行の画期となるものである。それだけに,これを適切に乗り越えなければ,雇用システムを持続不可能に陥れる混乱を引き起こすのではないかと,私には思われる。
※有期雇用労働者全員を非正規と呼ぶかどうかは定義による。任期付き教員などは,任期以外の処遇は正規教員と同じであるので,見方により有期雇用正規とも非正規とも言える。研究をする教員については,10年を超えなければ無期転換申し込み権は発生しない。
※※メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用について明確に提起した濱口桂一郎氏には,当然この問題が見えている。このノートは,濱口氏の見解を参考に書かれている。
前稿
「東北大学における非正規職員雇い止め問題」2016年7月24日facebook, 7月25日Google+転載
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