2018年10月15日月曜日

インドネシア鉄鋼業におけるサプライチェーン構築をめぐる協調と競争 Competition for the supply chain formulation in Indonesian iron and steel industry (2014/8/14)

インドネシアには残念ながら調査に行ったことがない。この地の国有企業クラカタウ・スチールの問題ある経営については,アジア経済研究所の佐藤百合氏の論文に詳しいので,関心のある方はご一読をお勧めする(佐藤百合「インドネシアの鉄鋼業」佐藤創編『アジア諸国の鉄鋼業』アジア経済研究所,2008年)。簡単に言うと,無責任体制で,クラカタウ・スチールの経営をよくしようと思う主体がいない状態であったことを,正確な用語と論理で丁寧に証明している。

さて,8月11日の投稿で,新日鉄住金とインドネシアのクラカタウ・スチールの合弁事業の生産プロセスについてえんえんと語ったが,それはインドネシア鉄鋼業において複雑なサプライチェーンと,それをめぐる企業間の提携・競争が成立する見込みになったことを示したかったからである。 対象は鋼板セクター。プレーヤーは3者である。
1)国営企業クラカタウ・スチール。直接還元-電炉ースラブ連鋳機-熱延ミル-冷延ミルを持っているが,まともに動いていない。能力は直接還元235万トン,粗鋼・スラブ連鋳機340万トン(誤記の可能性あり),熱延ミル240万トンであるが(同社ウェブサイト),過去5年間の直接還元鉄生産は50-130万トン,粗鋼生産は100-130万トンにとどまっている(SEAISI, Steel Statistical Yearbook)。
2)同社と韓国ポスコの合弁クラカタウ・ポスコ。アセアン初の大型銑鋼一貫企業。高炉ー転炉ースラブ連鋳機-厚板ミルを持つ。年鑑粗鋼生産能力300万トン,うちスラブが180万トンで主にクラカタウに供給,韓国の東国製鋼にも30万トン供給。厚板が120万トン。将来の第2期工事完工時の粗鋼生産能力は600万トンの構想。第1期が2013年12月に稼働するも高炉で事故が起こり,生産立ち上げに難航。ようやく3月にスラブを出荷した模様。
3)同社と新日鉄住金の合弁クラカタウ・ニッポン・スチール・スミキン(KNSS)。自動車用を含むハイエンドの冷延鋼板または溶融亜鉛めっき鋼板を生産し,年間生産能力は合計48万トン。これから建設。

本来,熱延鋼板も冷延鋼板も製造設備はクラカタウが保有しているが,量的にもまともに動かすことができず,ハイエンド品も作れない。そのため,ポスコと新日鉄住金の資金・技術が必要とされたことは明らかである。そしてインドネシア進出をめぐっては,ポスコと新日鉄住金の側でも競争が存在する。ポスコは,今年就任した権五俊(クォン・オジュン)新会長の下で方針が変わるまでは海外投資の一路拡大路線であり,その表れとしてクラカタウ・ポスコは一貫製鉄所を建設した(N. Kawabata, A Comparative Analysis of Integrated Iron and Steel Companies in East Asia, Annual Report of the Economic Society, Tohoku Univ., 73(1/2), Oct. 2012)。おそらく第2期で薄板生産をもくろみ,熱延・冷延ミルを建設する構想だったのだろう。

ところが新日鉄住金がここに割り込んだ。新日鉄住金はリスクを低減しつつ,ハイエンド市場を確実におさえるために,「高炉・転炉は国内,圧延・表面処理は海外で行いつつ,両者を一貫管理」という工程間国際分業とリンケージの方式を取っている(川端「タイの鉄鋼業」佐藤創編前掲書所収, Kawabata, op.cit.)。既に存在するクラカタウ・ポスコと同一の川上の工程は建設せず,焼鈍・亜鉛めっき工程のみを建設して,自動車用などの高級冷延・亜鉛めっき鋼板市場などを独占しようとしているわけだ。あるいは,クラカタウとポスコの協定により,熱延・冷延ミルはKNSSでは設置できないことになっていたのかもしれない。ポスコはKNSS設置についてクラカタウを合意違反と批判してたからだ(Linda Yulisman, Krakatau Steel’s new venture worries Posco, The Jakarta Post, March 1, 2013)。

もしクラカタウ・ポスコとKNSSが正常に稼働すると,以下のように,品種別に複数の,階層をなすサプライチェーンが出現する。

*熱延鋼板
h1)[クラカタウ:直接還元→電炉→スラブ連鋳機→熱延ミル]で供給
h2)[クラカタウ・ポスコ:高炉→転炉→スラブ連鋳機]→[クラカタウ:熱延ミル]で供給
おそらく,ローエンドをh1で,ハイエンドをh2で生産するのであろう。しかし,クラカタウに熱延を任せている限り,ハイエンド品には限界ががあると予想される。

*冷延鋼板
c1)[クラカタウ:直接還元→電炉→スラブ連鋳機→熱延ミル→冷延ミル(焼鈍含む)]で供給
c2)[クラカタウ・ポスコ:高炉→転炉→スラブ連鋳機]→[クラカタウ:熱延ミル→冷延ミル(焼鈍含む)]で供給
c3)フルハード冷延鋼板を日本から輸入→[KNSS:焼鈍]で供給
クラカタウを経由することで品質限界が生じるため,c1がローエンド,c2がミドルエンド,c3がハイエンド向けとなるだろう。

*溶融亜鉛めっき鋼板
g1)[クラカタウ:直接還元→電炉→スラブ連鋳機→熱延ミル→冷延ミル]→[めっきメーカー:(焼鈍含む)溶融亜鉛めっきライン]で供給
g2)[クラカタウ・ポスコ:高炉→転炉→スラブ連鋳機]→[クラカタウ:熱延ミル→冷延ミル]→[めっきメーカー:(焼鈍含む)溶融亜鉛めっきライン]で供給
g3)フルハード冷延鋼板を日本から輸入→[KNSS:(焼鈍含む)溶融亜鉛めっきライン]で供給
冷延と同様に,c1がローエンド,c2がミドルエンド,c3が自動車の車体などのハイエンド向けとなるだろう。

*厚板
t1)[クラカタウ・ポスコ:高炉→転炉→スラブ連鋳機→厚板ミル]で供給
建設向けローエンドから造船向けハイエンドまで,クラカタウ・ポスコ供給となるだろう。

インドネシア鉄鋼業の鋼板セクターにこうしたサプライチェーンが構築されると,そこに関わる三つの主体は,当面,以下のような課題を持つことになるだろう。
・クラカタウが量質ともにどこまで操業を正常化させられるか。
・ポスコが本国並みの生産性や省エネをインドネシアで実現できるか。
・ポスコが厚板市場をどれほど開拓できるか。
・ポスコがクラカタウと協力して鋼板生産をどこまでアップグレードし,鋼板市場をローエンドからハイエンドへと開拓できるか。
・新日鉄住金がハイエンド薄板市場をどれほど開拓できるか。
・ポスコがローエンドからハイエンドへ,新日鉄住金がハイエンドからローエンドへ市場開拓を進めた場合,競合するか。
・もしインドネシアの鋼板市場が拡大した場合,誰が熱延ミルと冷延ミルを建設するのか。

発展途上国が地場企業のみで鉄鋼業建設を進めることが難しい場合,外資の参画は不可欠だ。その場合,生じることは外資企業が地場企業を単純に圧倒したり,外資企業が地場企業に単純に技術移転する関係とは限らない。産業発展は,競争と協調の複雑な過程を介して飲み進む。異なる戦略を持った複数の外資は,異なる様式の行動をとりながら競争する。地場企業は,複数の外資とのそれぞれの提携を利用して自らをアップグレードしようとする。 こうして進む産業発展の過程では,セグメント化された市場の獲得を目指す錯綜したサプライチェーンが生まれ,また再編される。この錯綜したサプライ・チェーンは技術的合理性に自動的に従って生まれるものではない。それを担う諸企業の戦略が相互作用して生じるものだ。サプライチェーンがひとたび構築されれば今度は戦略的行動の基礎となり,そしてまた戦略的行動によって改編されうる。サプライチェーンと企業戦略はそうした相互作用にある。サプライチェーンの構築と再編は,強者が弱者を排除する自明の結論に向かうわけではない。経路依存や戦略的な選択を含む複雑な,複数の経路を持つ,非決定論的なプロセスとみるべきだろう。

※参考
佐藤創編『アジア諸国の鉄鋼業』アジア経済研究所,2008年。
http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Books/Sousho/571.html

N. Kawabata, A Comparative Analysis of Integrated Iron and Steel Companies in East Asia
https://www.academia.edu/5937338/A_Comparative_Analysis_of_Integrated_Iron_and_Steel_Companies_in_East_Asia
日本語版
https://www.academia.edu/7219459/_  
Krakatau Steel’s new venture worries Posco, The Jakarta Post, March 1, 2013
http://www.thejakartapost.com/news/2013/03/01/krakatau-steel-s-new-venture-worries-posco.html

2014年8月14日初稿。
2014年8月15日改稿。サプライチェーン内の焼鈍の記述,サプライチェーンの理論的位置づけに関する記述,文献注記を改善。

2014/8/14 Facebook
2016/1/6 Google+

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