2018年10月11日木曜日

矢作敏行『コンビニエンス・ストア・システムの革新性』日本経済新聞社、1994年に関するノート (2013/1/3)

 院生が日系コンビニの中国展開を研究しているために、自らコンビニについて勉強しなければならなくなった。当人が少し文献サーベイをして特別演習(複数教員の合同演習)にかけたところ、ケースとする対象について、1.提供するコンビニエンスは何かを考え抜くこと、2.最先端と思われるセブン・イレブンが日本で行っていることとどう違うか、それはなぜかと一度は考えてから、独自の論理展開をすること、が必要ではないかという議論になった。1の含意は、いわゆる「現地化しているかどうか」よりも、市場特性と自らの戦略ポジションから見て「何を提供するのか」の方が大事だという意味を含んでいる。2は研究の手続きの問題であろう。セブン・イレブンを知ることなくローソンやファミマを研究するのは無茶であり、学会で「その点はセブン・イレブンではどうなっていて、なぜ違うのですか」と突っ込まれるだろう。

 さて、この討論を受けて考えてみると、コンビニの仕組みを指導教員が知らないではすまされない。しかし、どの本がスタンダードなのかさっぱりわからない。大阪市大時代に同僚の中野安氏から学んだこと以外はさっぱりわからない。製造業研究者として、学問の蛸壺化きわまれりを自覚する。
院生が持ってくる本を見ると、矢作敏行氏が体系的な研究をされているらしく、しかも面白いことに、かなり新しい本の著者紹介でも1994年の自著『コンビニエンス・ストア・システムの革新性』を代表作に挙げておられる。おそらく、これを読めば基本がわかるのではないかとアマゾンから古本を取り寄せたところ、大当たりであった。

 具体的なことはこれから院生と議論するが、私はこの本を私なりに解釈して、以下のことを頭に刻もうと思った。

1.本書のフィールドワークは極めて緻密であり、正直、これまで本書を知らなかったことのうかつさを恥じた。ひとつの大チェーンの事業システムを、取引費用理論という一定の枠組みは想定しつつも、あくまで事実に基づいて叙述している。特に、専用工場や共同配送センターをめぐる大量の事実関係を、個々の因果関係にあくまで則して描きながら、サプライ・チェーン、一括受注システム(これは岡本博公氏から学んだ生産・販売統合システムと同じ論理だろう)、情報システム、戦略グループ、協働関係の論理にまとめあげていく力量はものすごい。事実に裏打ちされて、初めて理論が活きる。本書はそれを訴えかけている。事実のとらえ方については、事例研究の妥当性、数量的分析の妥当性、事実と抽象的命題の距離の取り方などいろいろ検討すべきことはある。命題と命題の間を合理的推測でつなぐことも必要だろうし、本書も仮説構築はそのようにして行っている。しかし、最終的には、事実の集積を確かな土台として理論を語るべきであるし、ある程度以上の詳しい事実、しかし、理論構築のために必要な事実となると、実態調査を通してしかつかみようがない。本書は直接には言わずとも、そう示唆している。

2.セブン・イレブンの事業システムは、トヨタのそれと同様の高い完成度を持っていると思われる。しかも、あいまいさを残し、あいまいさを競争力の契機にさえしている(清ショウ一郎氏・植田浩史氏の一連の論稿と私の企業論講義レジュメ第5章を参照)トヨタのサプライヤー・システムに比べると、セブン・イレブンの商品供給システムの方が契約による取引関係明確化の度合いが高い。したがって、研究する立場から見ると判別しやすい。
製造業研究者と流通研究者はもっと協力して、トヨタとセブン・イレブンを同じフィールドに置いて考えてみる必要があるのではないか。もうどなたかがされているのかもしれないが。

3.コンビニにおいて消費者と店舗の間はスポット取引の極みである(ただしリピートはある)にもかかわらず、セブン・イレブンの事業システム自体は、すぐれて長期継続取引関係の束からなっている。店舗と本部、コンビニ・チェーンと供給業者・食品メーカーとの関係は、短期的利益を犠牲にしたり、機会主義的行動をとる誘惑をふりはらいながら、より大きな長期的利益を実現しようとするしくみと行動によってなりたっている。著者がコンビニ自体ではなくコンビニ・システムを把握しようとしたことの意義は、この取引関係を全面的に把握することを可能にしたことであった。
とすれば、長期継続取引に伴う様々な問題を解決するシステムと行動が実現できているかどうかが、研究視角となる。矢作氏は、これをトレード・オフ関係の解決という切り口でとらえている。トレード・オフを生産フロンティアライン上で調整して解決するか、フロンティアを拡大するイノベーションによって解決するかということであろう。

4.これを日系コンビニが中国に展開した場合について考えてみる。市場特性から見てそもそも小売業界内でのポジショニング、店舗展開や品ぞろえなどを変化させねばならないかもしれない(流通革命史の社会による違いの問題)。かてて加えて本書から見て重要なことは、本質的に長期継続取引関係の束であるコンビニ・システムを、中国でどのように成り立たせるのかである。この事実関係の調査と理論的整理が研究課題となる。
予想される大きな制約条件が二つある。一つ目は経路依存の問題である。日本でコンビニはスーパー系と食品卸系から生まれたが、いずれにしても既存の取引相手との関係を利用することはできた。取引関係の新しい中身を作り上げるのは大変であったとはいえ、長期継続取引を可能とする相手同士と認め合った上で革新を迫ったのであろう。しかし、中国に進出した場合にそのようなパートナーが最初からいるわけではない。いるとすれば、日本の商社と組むなどするしかない。二つ目は、中国の企業の短期志向である。これは歴史に依存した性質という部分もあろうが、現時点で中国の流通業が流動性が高く、業態別分業が固定していないことにも起因すると思われる。流動性の高い業界では、特定の取引相手の閉ざされたシステムにコミットすることは極めてハイリスクであり、退出しやすい状態を確保しておくことの必要性が強く感じられるはずである。その中で、コンビニ・チェーンは、どうやて供給業者に自らの商品供給システムにコミットしてもらおうとするのか。それが困難ならどのように別の策を打つのか。
おそらく矢作氏は、この課題に、本書に続く90年代後半と2000年代の著作で取り組んだと思われる。サーベイしておく必要がある。

5.ただひとつ理論的に同意できないのは、取引特殊投資によって、取引当事者2者の双方が当該取引に閉じ込められ、売手、買手双方にとって取引先の変更費用が高くつくとみなしていることである。これは私も企業論を講義しながら2006年末までそう思い込んでいた。そのとき参考にしたのが宮本光晴氏の本だというところまで矢作氏と同じである。しかしこれは正しくないはずだ。一般論としては、供給元A社と供給先B社の取引において、A社がB社向け専用工場などに取引特殊的投資を行ったとすれば、A社だけにサンクコストが発生する。よって、B社がA社にホールドアップをする可能性が発生するが、A社がB社をホールドアップする可能性は、一般的には発生しない。B社は供給元を切り替える選択肢を失っていないし、切り替えの際にサンクコストを負担しないからである。この点は、商品供給システムにおける供給業者とセブン・イレブンの非対称的な地位を指し示すので、軽視すべきでないと思われる。

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