2018年10月11日木曜日

Renovation of brownfield area: The case of Seattle (既存工業地域の革新:シアトルの場合) (2013/2/23)

 東北大学経済学研究科「東アジアプロジェクト」では、情報サービス産業と地域に関するセミナーを2013年2月16日に開催しました。今回は立教大学の山縣宏之先生に「米国シアトルにおける情報系(ソフトウェア)産業の成長と展開    -地域産業論の視点から-」と題しての講演をいただきました。コメンターは当研究科の西澤昭夫先生が務め、1時間報告の後、2時間弱、絶え間なく議論しました。

 山縣先生は、公表資料、自ら行ったアンケート調査、1軒ずつの訪問調査で情報を得て、それを分析されました。2000年代前半までの研究結果は、山縣宏之『ハイテク産業都市シアトルの軌跡』ミネルヴァ書房、2010年、にまとめられています。いくつかの論点をご紹介します。
 
 ・中核企業がボーイングからマイクロソフトに移り変わったシアトルの産業構造の変化は、断絶しているのか連続しているのか。
山縣先生は、当初、ボーイングのシステム技術者が中小ソフトウェア企業を創業したケースが多いのではと仮説を立てましたが、実態調査の結果、そのケースは少なかったとのことです。その理由は、ボーイング社内にあったのは企業内の情報システムの開発ですが、マイクロソフト台頭以後にシアトルで主流になったのはパッケージソフトウェアの開発であり、仕事の仕方がまったくちがったからだそうです。
 
 ・なぜソフトウェア企業がシアトルで創業するのか。
 マイクロソフトのビル・ゲイツとポール・アレンを含めて、シアトルで創業(マイクロソフトの場合は厳密には移転だが)する理由は、創業者自身の故郷だからという理由が最大で、それを除くとエンジニアが採用しやすいからとのこと。なぜ採用しやすいかというと、積極的な最大の理由はワシントン大学等による人材供給、消極的な理由は、流動性の高いシステムエンジニアも、シアトルくらいよそと離れているとあまり動かないからとのことです。
 
 ・マイクロソフト関連の企業はどれくらいあるのか。
 元マイクロソフトの従業員が創業した企業、マイクロソフトを顧客とする企業、元マイクロソフトの技術者が働いている企業など、つながりのある中小情報系企業は2割程度存在しているそうです。
 
 ・大学の役割
 ワシントン大学からソフトウェア企業の操業が相次いだそうです。実は1月に行ったAnthony P. D'Costa氏(元ワシントン大学)の報告では、大学で教えられるコンピュータ・サイエンスとビジネスに必要な知識には、どの国でもかなり隔絶があり、日本ではとくにあると言われていました。アメリカの場合はその隔絶がないのでしょうか?隔絶を埋める別のしくみがあるのでしょうか?このあたりは、いくらか謎が残りました。
 
 ・業界団体の役割
 山縣先生の調査では、Washington Software Alliance (現在改名してWashington Technology Industry Association)に対する肯定的な評価が多かったそうです。それは交流や情報流通の面もありますが、社員の健康保険の共同加入をこの団体が仲介して行えたからだそうです。皆保険制度がないアメリカで、企業の保険面での負担は思いと言いますから、もっともなことです。
 
・分析単位をどうとるのか。
 シアトル都市圏は日本の都市圏よりはるかに広いです。アメリカの「地域」と日本の「地域」は同じロジックで語ってよいのでしょうか。西澤先生はアメリカとアジアの地図を重ねたスライドを投影されましたが、西海岸と東海岸の間の距離は、東京からシンガポールの移動に相当するとのこと。ついでに、中国の「地域」を考えるときはどういう単位にすべきでしょう。
 
 ・より一般的に、既存工業地域の革新の捉え方をどう筋道立てて捉えたらよいのか。
 これは討論で問題になりました。アメリカでは、ハイテク産業育成のためのCloning Silicon Valleyというモデルがあります。これは、いちからハイテク産業地域をつくるようなモデルであり、地域の歴史は捨象しています。しかし、既存工業地域(Brownfield)と新規立地(Greenfield)の地域ではまったく同じやり方でよいかというと、違うでしょう。違うならば、すべてゼロからつくるとか、しがらみと称して過去を一切無視するという乱暴な議論はできないはずです。何らかの意味での歴史を踏まえ、経路依存がプラスになるような努力が必要になるはずだ。抽象的に言えば、過去の負債を生産する、過去から継承された資源を活用する、過去の負債を新しい条件のもとで資産に変える、未活用の要素を資源化する等々。一から新規に作るモデルだけではなく、こうした再編成をパターン化したモデルができれば、ある地域の経験から他の地域が学ぶこともやりやすいように思いました。思えば、大連も「東北問題」の苦しみから出発してここまで刷新したのですから。
 
  私がもっとも印象深かったのは、山縣先生のシアトル情報系企業に対するアンケート調査です。学術振興会特別研究員の研究費と給与300万円ほどを投入して行ったところ、5%しか戻ってこなかったそうです。そのテコ入れのために、毎日1件ずつ調査先を回って回収し、17%程度に引き上げ、あわせてインタビュー調査により追加情報も得たとのこと。その結果、「マイクロソフトと創業者、顧客、技術者面でつながりのある中小情報系企業が2割程度ある」「7割以上の企業は地域業界団体を高く評価しており、その最大要因は社員の健康保険の共同加入」など、貴重な結論が得られたのです。推測で「2割程度」というのと、足で稼いで「2割程度」というのでは重みがまったく違います。後者は容易に覆されないからです。また、現代は、ビッグデータを自動的に収集し、それを一気に分析するのが潮流なのでしょうが、こうした泥臭いやり方でしか見えないものもあると、私は思っています。

2013/2/23 Facebook
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