514ページ(索引除く)に及ぶ和田一夫『ものづくりを超えて:模倣からトヨタの独自性構築へ』をようやく読み終わった。一読で理解できたとは思えないが、とりあえず以下のように読んだという意味でメモしておきたい。
本書はトヨタの生産システム形成史を主題とする研究書だが、その背後にあるのは、工場での「かんばん方式」にのみ注目することへの厳しい批判であり、それに対置される以下のような理解である。
トヨタの生産システムのおおもとにあるのは、「原価という計数によって、単に製品価格の決定のみでなく、生産工程自体を把握し、目標通りの生産を円滑に達成すべく工場全体を管理しようとする方法」である。そのために帳票を用いる発想の発展形としてかんばん方式がある。つまりかんばん方式とは構内物流のみを扱うツールではなく、原価管理と連動している。また、かんばんだけで工場が管理できるわけではない。かんばん使用の前提として正確な生産計画が必要であり、また平準化や生産の順序立てが必要である。そして数多くの部品を用いる自動車を、しかも多品種・多仕様で、それも互換性を維持した量産として生産する計画を立て、実行するには、「車両を構成するすべての部品について、品番(部品番号)別に①車両と部品の関係②部品と部品の関係③製造工程④部品の内容(品名、材質など)の四つの内容を明示したもの」である正確な「部品表」を作成し、円滑に運用できることが必要である。その発展のカギとなるのが情報システムである。
だからトヨタの生産システム形成・発展史は、原価管理の流れによってかんばんが現在の形になってくる歴史、生産計画の精緻化と部品表の整備の歴史、そのための情報システム構築の歴史を見なければならない。
この発想は、私にはとてもなじみやすい。大学院生の時に読んだ門田安弘『トヨタシステム』では、「生産が平準化されていないとかんばんは凶器になる」という論点が印象に残っていた。また、鉄鋼業研究との関係では生産計画の重要性を岡本博公『現代企業の生・販統合』(和田教授も重要文献として引用している)や井上義祐『生産経営管理と情報システム』から学んでいた。たまたま今年度の学部ゼミでも工場見学準備のために青木幹晴『トヨタ生産工場(生産管理・品質管理)のしくみ』(これも和田氏は肯定的に引用している)を輪読しており、本書の「一個流しや平準化が土台にあり、その上にかんばん方式がのっかるのであって逆ではない」という主張には納得していたところだった。かんばん方式だけでトヨタ生産方式を語るのもおかしいし、いわんや日本の企業システムが肯定的に評価されていたころに出回った「トヨタでは情報はかんばんによりプロセスに沿って水平に流れるのであり、階層的に垂直的に流れるのではない」(※)とか「トヨタのしくみは機械やコンピュータではなく、もっぱらヒトの力で成り立っている」といった類の議論は明らかにおかしい。ここまでは、従来の研究からも何とかわかることである。しかし、部品表とその情報化の意義、生産計画の発展史は、これまで注目されてこなかった。和田氏はそこに歴史的に切りこんだ。
本書は従来からのすぐれた研究や前作『ものづくりの寓話』の上に立って、生産計画の形成史を、とくに部品表とその情報化に注目しながら解明した。しかも、情報入手の困難なトヨタを相手に、可能な限り公表物を駆使して叙述したのである。資料の読み込みと配列、事実と事実、論理と論理、事実と論理の輪を切れ目なくつなぐ作業は途方もないものであったろう。正直、読みながら同業者として眩暈を禁じ得ない。トヨタ生産方式を学ぶ上で、読まずにはすまされない本である。
※アカデミックに整った形ではMasahiko Aoki, Information, Incentives, and Bargaining in the Japanese Economy, Campridge University Press, 1988(青木昌彦[永易浩一訳]『日本経済の制度分析』筑摩書房、1992年)と、それに対する浅生卯一「職場の情報は共有されているか」(上井喜彦・野村正實『日本企業 理論と現実』ミネルヴァ書房、2001年), Uichi Asao, "Is Workshop Information Shared?," in Yoshihiko Kamii and Masami Nomura eds.(translated by Brad Williams), Japanese Companies: Theories and Realities, Trans Pacific Press, 2004の批判的コメントを参照。
和田一夫『ものづくりを超えて 模倣からトヨタの独自性構築へ』名古屋大学出版会、2013年。
http://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-0742-9.html
2013/12/24 Facebook
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