2018年10月12日金曜日

丸川知雄『現代中国経済』(有斐閣,2013年)に関するノート (2013/9/20)



 現代中国経済を改革開放以後の経済とするならば,これを論じる際に,三つの大きな流れをとらえることが必要になる。計画経済から市場経済への流れ,農業中心の経済からの工業化の流れ,そして閉鎖的経済から開放経済への流れである。そして,そのいずれについても,中国のに独自の特徴があり,それぞれがモデル通りにはいかず,さらに三つの流れが相互にからみあう。これだけを考えても,中国経済を論じるには多面的な素養が必要であることがわかる。
 
 丸川知雄『現代中国経済』は,この三つの流れをとらえることを当然の課題としながら,著者自身が述べているように工業化に力点を置いた本である。第1章から第4章の順序が「経済成長の過去と将来」→「計画経済と市場経済」→「労働市場」→「財政と金融」となっているあたりは,体制移行を背景に,工業化を中心に置いた開発経済論な叙述と言える。その後,第5章から第8章にかけて「技術」→「市場経済の中の国有企業」→「外資系企業と対外開放政策」→「民間企業と産業集積」と続く。工業化そのものは軌道に乗ったという想定の上で中国の特徴を描く,産業経済論的な叙述だろう。そして最後に「中国の前途に待ち構える罠」である。
 
 政策的介入・規制と自由な企業活動がせめぎ合う中国経済において,丸川氏は前著『チャイニーズ・ドリーム』とともに,民間企業の活動が実態として活発であることを強調する。そして,この力を伸ばしていくところに経済成長が継続する可能性を見出している。ただそれは,極端な自由放任策を主張するものではない。所得格差と環境問題を解決するためには,一定の経済政策が必要であることを主張している。むしろ,これらの問題を一定の政策転換によって解決することが,経済成長をさほど阻害せずに可能だというのだ。その上で,外交政策において,貿易・投資関係を人質にとるような行動については,世界の国々から掣肘を受けると警告している。
 
 産業の実態分析をそれだけで終わらせず,経済の全体像の叙述へとつなげていくことは,産業の研究者にとっては,一度はやってみたい,できたらいいなと思うことだ。学術的内容を薄めずに,それでいてわかりやすければ,なお素晴らしい。それをなしとげた丸川氏には心から敬服せざるを得ない。
 
 中国経済研究者にとっての論点は,中国を国家資本主義と見るか,大衆資本主義と見るかである。その際に,一歩戻って確認すべきことは,経済の実態として中国が資本主義であること,ついでに言えば,競争が非常に激しい経済であることは,両論とも前提になっていることである。しかも,「社会主義である中国を資本主義と呼ぶなど怪しからん」と批判する者はもはや皆無であり,この論点はほぼ決着がついたと言ってよい。付随する論点として残っているのは,社会主義を標榜し,共産党の指導下にある政治体制が,それと異なる経済的実態とどう共存し,どう矛盾しているかということぐらいだろう。それはそれで政治の上では大問題だが。
 
 経済の議論として難しいのは,「国家資本主義」らしさも,「大衆資本主義」らしさも,強烈な現実だということである。一方では国有セクターのウェイトが高いこと,地方政府が経済成長を競っていること,さらに,政府が経済関与を背景として外交政策をとっていることなどが目につく。他方では,政府の政策どおりに産業が動かず,政策的介入と関係ない,あるいはその裏をかく企業行動が産業組織を動かしていること,創業と参入・退出が非常に盛んで企業間競争が激しいこと,民間企業の方が全体として効率的に活動していることも目につく。中国経済,とくに産業面に触れると,両方とも目について離れなくなるほど強烈なのだ。このことについての実証と理論的整理は容易なことではないが,避けて通れないことである。
 
初稿:2013年9月20日
誤字修正:2013年9月22日

丸川知雄『現代中国経済』有斐閣,2013年。
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641220072

2013/9/20 Facebook
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