2018年10月12日金曜日

2013年版『経済財政白書』にみる日本のICT産業と高度人材問題 ICT industries and human resource problems in Japan (2013/8/13)

『経済財政白書』2013年版は、ICTサービス産業と人材確保について重要な指摘を行っている。この『白書』は、いつもはあまり刺激のない分析と、政府見解支持への誘導に満ちており、ナナメに読み流しているのだが、今年は、一部分に限ってではあるが様子が異なる。にもかかわらず、各種論評はデフレ脱却の可能性や消費税の影響などに集中していて、私が思う肝心のところを無視している。
 
 『白書』は、まず第2章で、日本企業のICT資本蓄積は不十分であり、それが非製造業の生産性向上率の低さを招いていることを指摘する。とくにソフトウェア投資が不足していることを重視している。これはつまり、。日本の情報サービス産業には成長の余地があるということだ。
 
 第3章では、『白書』はICT関連産業がGDPに占める比率が高まっており、なかでも付加価値ではICT関連関連製造業と情報サービス業、雇用では情報サービス業の伸びが顕著であることを指摘する。ところが日本の情報サービス産業には人材が十分供給されていない。ICT関連専攻の卒業生は右肩下がりで減少している。プロジェクト・マネージャー(PM)やITスペシャリスト(ITS)は不足している。その原因としてあげられるのは、ICT関連職種は、月給は相対的に高いが労働時間が長く、多くの場合、時給は全産業平均より低いという現実である。しかも、2000年から2012年までプログラマー(PG)やシステムエンジニア(SE)の年齢構成を見るとどちらも25-34歳に偏っている。これは、(いつまでもPGということは元々ないだろうが)SEは35歳を超えては続けられないという状況の反映だと『白書』は言う。元ネタは『IT人材白書』のようだが、それにしても珍しく労働問題に対して鋭い指摘を行っている。
 
 そして『白書』は、外国人高度人材招致における問題点を指摘している。日本は人口に占める流入外国人比率が小さく、恒久的移住ではOECD諸国でしたから2番目である。実際に日本で働いている外国人は「海外の顧客ニーズに合った商品・サービスの企画・開発」「海外の市場へのアプローチ」「グローバルビジネスでのリーダーシップの発揮」などで役割を発揮したいが、現状ではできていないと自己認識している。元留学生に、自国の後輩に日本企業への就職を進めない理由を尋ねると、半分以上が「日本企業は外国人の異文化を受け入れない場合が多い」「外国人が出世するのに限界があるように見える」をあげている。
 
 さすがにあまり明確には言っていないが、『白書』から読み取れるメッセージはこうだ。「ICT関連職種に外国人高度人材を招聘することは、日本経済の活性化のために必要だ」。日本政府は、高度人材もそれ以外の労働者も区分なく、「外国人労働力」の受け入れに迷い続ける長年の状態から一歩踏み出している。2008年に留学生30万人計画を策定し、また2012年から、高度人材と認められる外国人に出入国上の優遇措置を認める「高度人材ポイント制」を実施しているのは伊達ではないということだろう。
 
 私はこの現状認識と政策転換については、日本政府に賛成する。日本の高度人材市場、とくにICT関連職種で、日本人と外国人が職を奪い合う状況は起こっていない。むしろ、外国人に不足を補ってもらっているというのが現実である。Anthony P. D'Costa教授が指摘するとおり(※)、高齢化と人口減少によって、この傾向は強まるだろう。
 
 また重要なことは、現在の新興国では、先進国のICT関連職種に人材を送り出しても、それが一方的頭脳流出になるとは限らないということである。少なくともインドや中国では、そうした人々が訓練を積み、技術・経営能力を向上させて自国に戻り、ビジネスを盛んにするという頭脳循環が成立している。つまり、日本におけるICT関連職種への外国人高度人材招致は、新興国の側から見ても、優れた能力を持つ技術者・マネージャーのキャリアをアップさせ、頭脳循環を通してICT産業集積を発展させるという効果を持っているのである。
 
 問題があるとすれば、それは日本のICT関連職種に魅力がなく、日本語という壁もあって、人材が一路欧米に向かっていくということの方にあるだろう。インドではその傾向がきわめて強い。中国は地方によっても異なり、大連に限っては日本にもっとも多く渡航し、対日ビジネスを営んでいるが、最近は様子が変わっていると聞く。つまり、日本の高度人材市場の機能不全と閉鎖性こそが日本と新興国両方の利益を損なうのである。市場を機能させ、開放し、市場の失敗があれば制度・政策で補う努力が求められる。
 
※Anthony P. D'Costa, Positioning Indian Emigration to Japan: The Case of the IT Industry, Migration and Development, Vol.2, No.1, 2013.
 
http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je13/13.html

2013/8/13 Facebook
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