蒙牛の工場は,先進国並みの自動化工場でした。言い換えると,人海戦術の雰囲気がまったくありませんでした。1日1万トンの鮮乳を処理して様々な乳製品を製造する工場で,その内部に6つの工場を持っています。設備はスウェーデンとドイツからの輸入で,紙パックを運ぶ無人搬送車や,製品をラインからカートに降ろすロボットは日本製とのこと。工場は高度に自動化されていました。牛乳の製造自体は装置系の生産ですが,タンク内での反応,タンク間の搬送を含めて自動化されていました。梱包は機械系の生産ですが,梱包機1台に1人が梱包材のフィーダーとしてつくところに人が並んでいるほかは自動化されており,前述のように,製品をラインから降ろすところまでロボット化されていたのには驚きました。日本で乳製品の工場を見たことはないのですが,ビール工場と同じような印象です。ロボットは労働者14人分という説明がありましたが,本当に労働コスト対策で自動化しているのか,経済計算をもっと詳しく聞きたいところです。ラインわきにほとんど人がおらず,集中制御室から監視する形になっていました。なお,これは2007年に稼働した最新の6号工場(1日2000トンの鮮乳を処理)なので,近隣の1-5号では同じ光景なのかどうかはわかりません。原乳は大型タンクローリーのような自動車が搬入されており,搬入ステーションの横にある品質検査室で検査がなされるとのことでした。
製品のパッケージは,デザイン・素材とも洗練されたものになっています。味も,私が工場内やフフホト市内で食べたり飲んだりした牛乳,ヨーグルト,アイスクリームに限っては,日本のものとそん色ないように感じました(私の舌は洗練されていないので,細やかなことはわかりません)。牛乳だけでもかなり製品のバラエティがあります。いちご牛乳のように味付けされたものもありますし,牛乳自体も高級品から並品までセグメント化されています。そのため価格も様々です。
この工場から車で10分くらいのところに牧場がありました。牧場は現代牧業という別会社の所有物です。掲示物によれば10500頭の牛がいて,うちミルクを出すのは5100頭です。日産164トンで,1頭当たり32.4キロとれます。二つの搾乳ステーションを通路から見降ろす形で見学しました。一つは回転する円形のステーション,もう一つは直線が2列のステーションです。いずれも小さい区画に区切られていて,牛がずらりとならび,搾乳されていました。円形のステーションは日本のものをテレビで見たことがあります。順番になると牛が素直に入ってきて,終わると出ていくのが妙におかしいです。円形のステーションは搾乳機を取り付ける人が1名,取り外す人が1名います。直線型のステーションは5-6名が搾乳機の取り付けと取り外しを行います。人の手待ち時間がなく,牛の出入り時間にかかるロスタイムが少ない円形の方が効率がよいように見えるのですが,案内の方の話だと直線の方が規模が大きく,効率がよいとのこと。その他,牛がえさをとる場所と寝る場所も見ましたが,こちらはいたって普通。この牧場は草地を持っているわけではなく,牛は常に室内で餌を食べるようです。
牧場と蒙牛の関係は重要です。アジア経済研究所の渡邉真理子さんが2008年に書かれた解説「メラミン混入粉ミルク事件の背景:産業組織からみた分析」によれば,メラミン事件の背景には,農民→仲買い業者の搾乳ステーション→メーカーという分業のもとで,情報が工程間で寸断されてしまっていたことがあるのだそうです。つまり,トレーサビリティを保てないサプライチェーンになっていたということでしょう。それほど特異な分業ではなく,むしろきっと昔はどの国もこうだったとは思うのですが,悪用されると問題になることも確かです。渡邉さんによれば,メーカーが,たんぱく質の含有量を検査するために窒素を代理指標にしていたのですが,メラミンを入れると窒素の含有量が上がるため,検査を潜り抜けるために仲買業者が混入させたとのことです。したがって,事件以後の対策として予想されるのは農場を契約農場や直営農場にすることです。
蒙牛での説明によれば,牧畜がおこなわれている場所から1日以内に工場へと原乳が届けられねばなりません。そのため蒙牛は全国に工場を持っています。一方,現代牧業も全国に拠点を持っています。現代牧業から見ると,製品の9割は蒙牛向けになっており,独自ブランドの比率は小さいそうです。高級品の原乳に特化して生産しています。逆に蒙牛から見ると現代牧業は仕入れ先の一部に過ぎません。見学したフフホトの工場と牧場の関係については数字がわかるのですが,工場の生産量が1日1万トンであるのに対して,牧場での日産は164トンですから,1.64%ほどしか供給していないわけです。高級品についても,蒙牛は現代牧業だけから購入しているわけではなく,内部に牧場を持っている牧場が現代牧業のライバルになるとのことです。現代牧業と蒙牛に資本関係はないが,トップは蒙牛グループの人間とのことです。蒙牛の側にイニシアチブがある,密接な企業間関係のように思えます。 この見学だけではわかりませんが,蒙牛が原乳の品質について,コントロール可能な取引関係をつくろうとしていることは予想されました。
さて,長期継続取引や内製化を通して品質に対するコントロールを強めると,ただスポット取引で原乳を買い集めるよりはコストがかかります。そうすると価格に跳ね返るはずです。そうするとどうなるかが問題だろうと渡邉さんは問題提起していました。帰りに寄ったスーパーで蒙牛と,ライバル企業伊利のキャンペーンをやっていましたが,高級品の牛乳が250CC紙パック12個入りで48元でした。円安傾向から1元=15円と見れば,1つが4元=60円です。袋入りだと一つ3.87元=58円。工場内にあったお土産屋では塊りのチーズ300グラムが32元=480円,薄くスライスされたチーズが200グラム19元=285円,ベリー入りヨーグルト260グラム8元=120円です。工場内では安売りはされていないでしょう。これは日本人の基準では安いですが,中国の市民の購買力からすると高いように思います。卒業生の話を聞いても,やはり高めであり,誰もがかえるわけではないと言います。渡邉さんも同じことを予見していました。品質管理をすると,おいしくて安全な牛乳は誰w)「發・・w)飲めるものではなくなるかもしれないのです。牛乳の健康食品化です。 しかし,中国は市場が大きいですから,蒙牛や伊利のような企業ならば,市場を拡大することに成功すれば,長期契約や内製化のコストを規模の経済によって相殺できるかもしれません。そうすると,おいしくて安全な牛乳が安く行き渡るという,大量生産のプラス面が発揮されるはずです。 蒙牛の掲示物によれば,中国は,1人当たりの牛乳消費量は年間1人当たり19.5リットルしかなく,アメリカの84.7リットルなどにははるかに及びません。ところが年間の総消費は2610万トンであり,2600万トンのアメリカと並んで世界一なのです。1人当たりは小さく,総量はでかいという,GDPから二酸化炭素排出まで中国によくある現象です。総量が大きいことを活用できた企業があれば,コストを下げ,価格を下げて,1人当たり消費をより拡大る,という道はあるでしょう。 研究スケジュール上,今すぐこの問題に取り組む余裕はないのですが,このどちらの方向が強いのか,考えてみる必要があると思いました。
2016/1/5 Google+
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