2018年10月15日月曜日

出版物の再販売価格維持行為に関するノート(中小出版社とアマゾンとの間での紛争に寄せて) (2014/5/10)

 アマゾンが学生向けに行っている10%のポイントサービスについて、複数の中小出版社が、再販制度に違反すると抗議し、出荷を停止すると発表した件。

 私は、かつて学部ゼミで佐野眞一『誰が本を殺すのか』を題材に(この本が正しいという意味でとりあげたのではないが)出版業界について議論し、また卒業生の瀬尾友希子さんが出版流通についての卒論「出版物の流通構造は現状に適合しているのか」を書く指導を行った。その経験から、以下のように思う。なお一般論としては私は規制緩和論者でも規制維持論者でもなく、是々非々の規制改革論であり、それ以上でもそれ以下でもない。

*事実認識
 再販は法で「そうしなさい」と定められているという意味での制度ではない。再販売価格維持行為は独占禁止法で禁止されている行為だ。出版物については例外的に「再販契約を結んでもいいですよ」と認められているだけだ。

*問題の所在
 狭い意味での問題は、出版社とアマゾンとの間で(このケースでは取次は通していないようにみえる)再販契約を結んでいる場合に、10%ポイント還元は契約違反かどうか。私にとっては、これはどうでもいい。法的整合性で決めればよい。 本当の問題は、アマゾンが再販契約を実質的にくずしていこうとしていることであり、そのことの当否だ。

*日本の出版流通を特徴づける二つの仕組み
 一つは再販売価格維持行為が合法であること、もう一つは返品条件付き売買(委託販売制とよく呼ばれるが正確ではない)である。後者は、要するに取次は出版社から、小売りは取次から本や雑誌を仕入れて、代金を払い所有権配転するのだが、一定期間は、買った側からの返品・代金払い戻しが可能だということである。

*再販の合理性のもともとの根拠について
 再販と返品付売買の関係について 再販の合理性は、文化的創造物は均一価格によって供給されるべきで価格競争は望ましくないという理念と、価格競争に耐えられない中小書店を保護することにより多様な本の全国への供給を保証するという経済的理由によって説明されてきた。

 ただ後者の機能が発揮されるとすれば、むしろ再販と返品条件付き売買とセットで実施されることが条件だろう。再販は、書店が価格調整する権利を持たないということを意味する。仕入れた本が売れないときにはそれでは困るから、大量の仕入れや多様な本の仕入れをためらう動機が生まれる。これを補うには、在庫リスクに見合ったマージン率を求めてハイリスクハイリターンの商売を行うか、返品可能とすることで在庫リスクを下げるかだ。後者の方が中小書店保護につながる。中小書店は、返品可能であるならば、積極的に出版物を発注して店に並べるだろうと想定される。つまり、再販がめざした世界は、返品条件付き売買があってこそ成り立ちやすくなる。

*再販の合理性喪失について
 均一価格の理念は他の文化的創造物と比べてもあまり意味があるとは思えない。また中小書店は再販があるにもかかわらず次々と閉店しており、保護に役立ってはいない。これは、取次が書店タイプ別にパターン化された配本を行い、書店はそれにただしたがって配置をし、売れなかったら返品するという、経営判断を欠いた行動が長年にわたってとられてきて、それが市場の変化に合わなくなったからだ。現に返品率は1980年代には書籍・雑誌とも20%代半ばにあったが、2013年には書籍37.5%、雑誌38.3%にのぼっている(元資料は出版科学研究所。1980年代は瀬尾氏卒論のグラフを観察して孫引き)。

 そして、中小書店が全国津々浦々に多様な出版物を届ける機能が、アマゾンをはじめとするネット書店にとってかわられたことは明らかである。つまり、中小書店を保護することの経済的理由、公共的意義が薄れている。

 よって、細かなプラスマイナスはあるだろうが、大まかに言えば、今の時点で再販を守るべきとする理由は、私には思い当たらない。

*変革の主戦場は再販か?
 再販がなくなっても、返品条件付き売買がある限り、中小書店の形式的な保護は続くし、そのもとで実質的にはパターン配本、多数の書籍が書店に送られては戻ってくるという問題も解消しない。本のバーゲンセールが起こるくらいだろう。大きな変革につながるのは、むしろ返品条件付き売買を買い切り方式に買えることの方ではないだろうか。そちらについてはいまは触れないが、徹底的に賛否を争えばよいと思う。

*アマゾンの利害関係
 アマゾンは本をどれほど買い切りにしているのかは定かではない。しかし、返品率は5%くらいと他の書店よりはるかに低いと言われている。在庫リスクをとれるということだ。とすると、すでに返品に頼らないアマゾンには、在庫リスクに見合った高いマージンを要求するか、あるいは価格を調整する権利を要求する、という動機が存在するはずだ。一般論と個別ケースを直結はできないが、全般的な動機づけの構造と今回のアマゾンの立場は整合していると思われる。

「再販制度巡り中小出版社がアマゾンへ出荷停止」、2014年5月9日16時9分、NHK NewsWeb(既にリンク切れ)。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140509/k10014332161000.html

2014/5/14補記:緑風出版のサイトを読んだところ、出版社とアマゾンの直接契約ではなく、取次は通しているようです。緑風出版は取次(日販および大阪屋)と再販契約を結び、取り次ぎがAmazon Int'l Sales, Inc.と再販契約を締結しているとのこと。

2014/5/10 Facebook
2016/1/6 Google+


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