2018年10月18日木曜日

ジョージ・ソルト(野下祥子訳)『ラーメンの語られざる歴史』国書刊行会,2015年に関するノート。 George Solt, The Untold History of Ramen:How Political Crisis in Japan spawned (2015/10/22)

「ラーメンが貧しい労働者のための粗末な食事から日本の国際的象徴へと華々しく上り詰めた経緯と,国際政策が世界中のごく普通の食べ物にいかに影響するかを教えてくれる」(帯より)。

 日常的に語られるラーメンの物語は,実は歴史の中にあり,社会の中にあるものだ。本書の基本的な発想はそこにある。考えてみれば,それはそうだ。

 私は,1964(昭和39)年生まれなので,「インスタントラーメンばかり食べる独身男性=悲惨」というイメージは覚えている。それが,「結構おいしくて子どもは大好き」というイメージとも重なっている。藤子不二雄(F先生とA先生両方の共作)『オバケのQ太郎』には小池さんというラーメンばかり食べているキャラが出てくるが,悲惨にも見えて,でも楽しそうにもみえたものだ。無表情な小池さんは,やがて結婚して笑顔でうまそうにラーメンを食べるようになった。

 だから,「ラーメン=日本の誇る国民食」となり,チキンラーメンまで褒め称えられるようになったのは尋常ではなく,高度成長を懐かしみ,誇りたい気持ちと結びついた,歴史的事情によるものだろうなとは,何となく感じていた。本書は,そうなった過程を丁寧に解きほぐして示してくれる。

 また,私は若い頃に民族的な左翼だったので,アメリカが余剰小麦を援助という名目で(実は日本はちゃんと代金を払った)日本に輸出しようとしたことも知ってはいた。とはいえ,この話題ではたいていコメからパンへと言う図式が思い浮かべられていた。私自身は米の飯もパンも好きだったが,9割の日がパン主食,ヒジキにもパン,笹かまぼこにもパン,野菜のお浸しにもパンという学校給食には閉口していた。給食を食べた時期は1971年から1979年なので,もうコメが余り始めているということを社会の授業で習っていた。皮膚感覚で「なにかおかしい」と思っていたので,当時も,「アメリカの政策だ」と聞かされると,速攻で信じた。

 だから,アメリカの農業戦略と戦後におけるラーメンの普及が結びついていたという本書の叙述は,中華料理であるラーメンまでその文脈にあったということで,ちょっと虚を突かれたが,やはり納得した。日清食品が,アメリカの余剰小麦吸収という効能を明示しながら,三菱商事にチキンラーメンの取り扱いをはたらきかけたというようなエピソードは初めて知った。

 というわけで,本書は,ラーメンをめぐるあれこれの現象や言説が,実は歴史と社会に埋め込まれたものだ,という方向での証明をした学術書として,優れた本だと思う。

 逆に,個人や企業や,メディアの報道やテレビ番組が,日本の資本主義発展の流れや,アメリカにコントロールされながら始まった戦後とか,ナショナリズムの台頭とかいう大きな構造を破り,ずらしていく可能性については,あまり描かれていない。個々の現象は文脈の担い手だ。だから,構造と歴史を重視するか,個別性と主体性を重視するかで,好みは分かれるだろう。

 いわば本書は,筋書きのあるドラマであり,筋書きのないドラマではない。ただ,ラーメンに関する実証的な知識の豊富さ,個々の人物や事件に多面的に光を当てる周到さによって,少なくとも,豊かに肉付けされた筋書きのあるドラマであり,学術書として読まずに,ただラーメンへの興味で読んでも面白い。そこは,もういちどプッシュしておきたい。

ジョージ・ソルト(野下祥子訳)「2015」『ラーメンの語られざる歴史』国書刊行会。

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