2018年10月15日月曜日

冨山和彦『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略』に関するノート (2014/11/15)

  G型大学とL型大学で騒動になっている冨山和彦氏の本来の主張がわかる著書。大学の件ではトサカに来た人も多いと思うし,私も是々非々のコメントをしたが,この本にはかなり好感を持った。

 *冨山氏によれば,GとLとはグローバル経済圏とローカル経済圏のこと。氏は,二つの経済圏ははっきりとわかれるのであり,グローバルに活動する産業,企業,人材の話と,ローカルに密着せざるを得ない経済圏の問題は様相が異なり,課題も異なり,解決法も異なるとしている。私は以前よりこれに賛成している(正確に言うと,冨山氏より前に卒業生の研究会でゼミの先輩にあたる鈴木恒男〔長銀最後の頭取〕氏がこの趣旨のことをおっしゃっていたのに共感している)。
 
*冨山氏は誰もがGの世界でグローバルに戦うことを強要する必要はないとする。「コンパクトシティ化の促進で,地方においてもっと効率的な経済社会構造をつくることと,雇用と労働のミスマッチを解消すること,そして若者が結婚し,子育てをし,豊かな人生を送れる社会システム,そんな『Lの世界』をつくり出すことは,まったくもって待ったなしの政策課題だと思う」(243-244ページ)としている。私もそう思う。地方でも知識集約的なGを狙える場合は狙うべきだが(山形県鶴岡市のバイオベンチャーのように),Gが価格・コスト競争の激しいものである場合(東北の自動車産業のように),そこにあまり深く依拠することは難しい。
 
*冨山氏は,「GとLの間に序列などない」「単に違う経済メカニズム,経済ルールで動いているというだけの話で,どちらの世界で給料を稼ぐかは,究極的には個人の選択の問題だ」(264ページ)としている。これが真意なら私は賛成する。G型大学とL型大学の資料では,明らかにG型が知的に優れており,L型が劣っているとしか読めなかった。もし本意がそこにないのならば幸いだ。もしかすると,大学の件ではGとLを問題にしたのではなく,大学を全体として既得権にしがみつく怠惰な組織とみたのかもしれない。だとすれば,そこには賛成しないが。
 
*「両者に共通の課題を一つ挙げるとすれば,産業や企業の新陳代謝ということになるが,それをGの世界では自由競争の促進でややラディカルに,Lの世界では上手な政府介入も絡ませて穏やかな退出促進で行うべきではないかという議論をしている」(269頁)。したがって冨山氏は市場原理主義者ではないことに注意を払う必要がある。
 
*Gの世界が成り立つ根拠は,人が移動しにくいことに置いている。冨山氏がCEOをつとめる経営共創基盤(IGPI)は東北でバス会社を経営しているが,「ベトナムでバスを走らせても岩手県の住民は乗れない」。腹をくくって岩手県で商売をするしかない。つまり,海外に簡単に逃げないのがGの世界の第3次産業だ。これは正しいと私も思う。ただし,LにGが浸透する,例えば温泉旅館の活性化のためには外国人観光客に来てもらわねばならず,したがって英語が必要になる,というようなことは冨山氏も認めており,それももっともだと思う。
 
*冨山氏は上記の事情から,Gの世界からLの世界へのトリクルダウン効果はないとする。だからGの世界で競争を促進すれば誰もが豊かになるとは考えていない。私はこれに賛成だ。
 
*冨山氏は,グローバル化が進むほどGの世界の生産性の高い産業は一握りになると指摘している。冨山氏はこれを日本の特徴としているのかもしれないが,私は自然なことと思う。グローバルな生産性の高い産業は一握りであり,裏返して言うと比較劣位部門は数が多いので,マーケット・バスケットとしてみれば物価は高くなる(これは主流派経済学のタームで言えばバラッサ=サミュエルソン効果にあたる)。
 
*冨山氏はLの世界の生産性を上げねばならないとする。しかし,働く人と中小企業経営者を鞭打つだけの新自由主義政策を提言しているのではない。生産性を上げるためにサービス産業の最低賃金を上げ,労働監督,安全監督を厳しくし,ブラック企業を退出させろと主張している。また,中小企業への融資に際しての個人保証は,経営者が個人の資産と会社の資産を混同することを避けるための経営者自身の連帯保証に限るべきであり,いざというときも大きな資産(豪邸,高級車など)だけ差し出させるべきだとしている。親類縁者まで連帯保証させることには反対している。これにも私は賛成だ。
 
*Gの世界はエリートの世界なので自由競争でよいというのは,Lに比べればそうであろうが,言い過ぎと思う。こちらにはそれほど共感できない。
 
*冨山氏の議論で一番引っかかるのは,Lの世界が人手不足になっているという認識だ。氏はLの世界は生産性が低いというが,それは文字通りにとれば過剰雇用ということではないのだろうか。だとすると生産性を高めれば当然,人は少なくて済んでしまう。人は余ってしまうだろう。 氏はご自身の経営されるバス会社で運転手もバスガイドも足りないという例を挙げていらっしゃるので,おそらくやる気のある会社がスキルのある人を採れない,ということを指しているのであろう。ただ,それはスキルのある人を努力して取ろうとする,Lの世界でも生産性の高い会社なのではないか。それ以外の会社で人手不足なのは,(理由は異なるとはいえ)建設業やITサービスなど一部ではないか。
 
*つまり,冨山氏の議論は,「Lが人手不足だ」という話をかませることによって,「Lの世界で生産性を上げても失業者は出ない」と予定調和に導いているのではないか。ここにトリックがあるように思う。ただ,生産年齢人口が地方で減っていることから見て,本当にそうだという可能性もあり,検証する必要がある。
 
*では,冨山氏はともかく,おまえはLの世界はどうしたらよいと思うのだときかれると,私自身に残念ながらまだ答えはない。ただ方向としては,生産性を上げるだけでなく,新市場を拓く方向が必要だと思う。新市場ならば比べる相手がいないので,物的生産性が高い低いは問題ではなくなるし,付加価値生産性はそれなりにとれる(競合する相手がいないからそれなりの額を払ってもらえる)。Lの世界のサービス業はそういうサービス開発競争が必要ではないか。
 
冨山和彦『なぜローカル経済から日本は甦るのか』PHP新書,2014年。
http://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-81941-9  
2014年11月15日初稿をfacebook掲載。
2014年11月20日Google+に転載。

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