2018年10月12日金曜日

プロセス・リンケージ方式とアライアンスによる海外展開:神戸製鋼所とUSスチールの合弁企業における自動車用冷延ハイテン鋼板供給体制のための新設備稼働について Global business expansion through process linkage (2013/5/19)

神戸製鋼とUSスチール合弁のプロテックが,連続焼鈍設備(CAL)を本稼働させ,冷延ハイテン(高抗張力)鋼板を自動車メーカー向けにサンプル出荷したとの報道(2013年5月15日『日刊鉄鋼新聞』ほか)について。
日本の銑鋼一貫メーカー(高炉メーカー)の海外進出は,圧延(薄板の場合は冷延)・製管・めっき工程に集中するという特徴を持っている。

日本メーカーは,一方では,製銑・製鋼・薄板熱延工程の投資が,一製鉄所あたりの投資額が大きく,生産能力も大きくてハイリスクであるため,慎重になる。事実,1990年代以後,日本メーカーが海外で製銑・製鋼工程建設に関与したのは,ブラジルにおける旧住友金属(現新日鉄住金)とバローレックの合弁によるVSBだけであり,この合弁企業の製鉄所も年産100万トンと小型である。

他方で,日系自動車メーカーをはじめ,日本高炉メーカーの顧客となる産業の生産はどんどん海外にシフトしている。顧客の海外拠点に高級鋼材を供給できなければ話にならない。そして、インド、中国などでは、地場企業もまた、自動車をはじめとする高級鋼材の需要産業で生産を拡大しつつある。

この両者を両立させる方法が,圧延以後の工程だけを海外に建設し,母材は日本から供給するという方式である。高級鋼材の工程はインテグラル型であるため,日本の製鋼工程から海外の圧延・めっき工程までを一貫管理する。この工程間分業は,インテグラルな工程アーキテクチャを支える一貫管理と,工程間の量的バランスによって成り立っているものであり,私はこれをプロセス・リンケージと呼んできた。プロセス・リンケージはアーキテクチャを一つの基礎にしているが,設計思想ではなく生産工程の概念であり,量的バランスを必要とするところが異なっている。

この方式は,日本が不況の時にはよく機能する。海外の拠点のうち,需要が堅調なところに向けての母材生産を強化し,圧延・めっきの拠点にはめこんでいけばよいからである。しかし,日本と海外が全体として好況になると問題を起こす。当たり前であるが,母材の供給量は日本国内の粗鋼生産能力に制約されているからであり,母材不足によって生産拡大が困難となるのである。これを業界では「湯が足りない」などという。製鋼工程の転炉から出てくる粗鋼は溶融状態だからであろう。その帰結は,日系需要産業の海外拠点が鋼材を,現地を含む海外メーカーからの調達に切り替えるということであり,日本高炉メーカーのグローバルシェアの低下である。

2012年現在,世界鉄鋼業は供給過剰による低利益にあえいでいるものの,日系需要産業の海外拠点の動きは止まらない。日本高炉メーカーは,シェア低下に甘んじるか,何らかの対策を打つかの選択を迫られている。

もっとも明快な対策は,海外に思い切って銑鋼一貫製鉄所を建設することである。この動きが生じるとすれば,自動車産業の拡大が著しく,現地にパートナーが存在する東南アジア、インド、ブラジルであろう。JFEスチールは,台湾のEユナイテッド・スチールがベトナムで進める一貫製鉄所建設プロジェクトへの参加を検討しているし,ミャンマーで検討されている一貫製鉄所構想についても日本メーカーが参加する可能性はある。インドにおいても、タタおよぶブーシャンと新日鉄住金、JSWとJFEスチールの提携は、一貫製鉄所建設での合弁に発展する可能性を持っている。またブラジルのウジミナスによる一貫製鉄所増設に旧新日鉄が参加する話は,経営状況から棚上げになっているが,再燃する可能性はある。なお,自動車生産がもっとも拡大しているのは中国であるが,2005年の鋼鉄産業発展政策以後,外資系企業の過半数出資が禁じられており,日本メーカーにとって巨大プロジェクトを進める候補地から外れている。

もうひとつの選択肢は,技術的・経営的に信頼できるパートナーから母材を調達することである。これが可能となる日本メーカーとパートナーの組み合わせは限られているのだが,まさにその一つが神戸製鋼所とUSスチールなのである。プロテックが用いるフルハード(見焼鈍)冷延鋼板は,USスチールから供給される(『日本経済新聞』2013年5月14日)。プロテックはUSスチール製の冷延鋼板を,神戸製鋼の技術を投入したCALとCGLで処理し,製品の約6割を日系自動車メーカーへ,約3割を米系ビッグ3に供給するのである(『日刊鉄鋼新聞』2013年5月15日)。この方式では最大手企業の新日鉄住金が一歩先んじている。宝鋼との提携によるBNAの中国での生産拡大,アルセロール・ミッタルUSAとの提携によるI/N Tek,I/N Koteのアメリカでの生産拡大、現在建設中のタタ・スチールとの提携によるJCAPCPLがこの方式に該当する。これらのケースでは,いずれも日本メーカーからパートナーへの技術移転による母材の品質確保が図られている。また、現地の日系企業だけではなく、地場の自動車や家電企業への供給が大きいことも特徴だ。

一貫製鉄所建設には踏み切れないという条件下での海外での高級鋼材生産拡大のためのプロセス・リンケージ拡大,そのために必要な海外パートナーとのアライアンスの深化。これが今回のプロテックのCAL稼働の産業経済的な意味である。これによって,プロセス・リンケージ方式は,「湯が足りない」という致命的な問題点をとりあえず解決することができる。しかし,パートナーとの調整は複雑になるし,またアライアンスにおけるイニシアチブは必ずしも日本メーカーが握れるとは限らないだろう。さらに観察を続ける必要がある。

補足:なぜ冷延ハイテン製造にCAL建設が必要なのか

これは,鉄鋼業マニアでないとわかりにくい話を含んでいる。ほとんどの人にとってはどうでもよい話だろうが,ちょっと気をそらすと私自身が忘れるおそれがあるのでノートにしておく。
プロテックは鉄鋼製造の長大な工程のうち,末尾の亜鉛めっきライン(CGL)だけを持つ企業である。これまでも,GA(鉄亜鉛合金めっき鋼板),GI(亜鉛めっき鋼板)のハイテン鋼板を自動車メーカー向けに出荷してきた。しかし,めっきしない冷延ハイテンの需要があり,これに答えたのが今回の設備投資である。
本来,冷延とめっきは前工程と後工程の関係にある。これまでGAやGIのハイテンを供給していたのに,冷延だけのハイテンをつくるのにどうして新しい設備が必要なのか,工程を全部通らずに,めっきと連続焼鈍が終わったところで出荷してしまうことがなぜできないのか。ここがわからないと,今回のCAL稼働はちんぷんかんぷんである。

その答えは,亜鉛めっき鋼板を作る際には,CGLの中にCALが組み込まれているということである。もっと具体的にいうと,CALはめっき槽,すなわち亜鉛のプールの直前に組み込まれている。こうなった理由はCGLの開発の歴史をチェックしないと分からないが,CALと亜鉛めっきの作業スピードが同期しやすいからか,あるいはCALで暖まった鋼板をそのままめっきするのが効率的だからなのかもしれない。焼鈍した鋼板はただちにめっき槽に突入するので,取り出すことは不可能である。

したがって,プロテックでめっきしない冷延ハイテンをつくろうと思ったら,スタンドアローンのCALを別個に建設しなければならない。これが今回の設備投資を説明するのである。

プレスリリース「北米における自動車用冷延ハイテンの連続焼鈍設備営業運転開始について」2013年5月14日、株式会社神戸製鋼所。
http://www.kobelco.co.jp/releases/2013/1188319_13519.html

「神戸製鋼所、米で高張力鋼板の新工場が稼働」『日本経済新聞』2013年5月14日。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDD140F2_U3A510C1TJ1000/

2013/5/19 Facebook
2016/1/5 Google+

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