著者は,派遣会社ヒューコムエンジニアリングの社長である。しかし,だからといって本書は派遣業界の明るい面だけを宣伝する本ではない。質の悪い派遣業者が労働者を使い捨てにする状況が存在していることを含めて,派遣業界の問題点を直視している。そして,同時に,労働者派遣業が多様な働き方を求めて積極的に派遣を選ぶ人のニーズに答えるとともに,不本意だが派遣という形で働いている人にも雇用を確保してきたという役割を強調している。派遣に伴う種々の問題を認めながら,派遣それ自体が罪悪視され,なるべく縮小されるべきものと扱われることに異を唱えているのだ。
この姿勢はとても大切だ。やる気のある経営者が書いた本には,時折,「物事の明るい面を見よう」と説教してしまい,暗い面を軽視したり,悲観的な見方をするひとを消極的な生き方をしていると馬鹿にしたりする傾向が見られる。これは,経営者として自分自身に前向きな姿勢をとることを課しているあまり,ついついそれを他人にも一般化してしまうからだろう。この本には,そういう,やる気がある人であるが故の暴走感がない。著者の主張は公平だ。
著者のめざすものは,派遣業界の健全な発達だ。悪質な派遣会社は業界から退場すべきとして,そうした業者を見分けるポイントまでわざわざ書いてある(①最初の質問が「いつから行ける?」,②契約書がない,③労災保険,社会保険がない,④有休がない,⑤残業代などの時間外手当について書いてない,⑥保険に入ると時給が下がる)。
著者は今回の派遣法改正に,業界の健全な発達の見地から賛成している。今回の改正案に含まれている,派遣社員への新たな仕事の紹介や直接雇用申し入れなど雇用安定措置を派遣元に義務づけること,派遣会社での無期雇用化の促進を,派遣業界自身への変革に活用しようとしている。ひとつは,派遣業界が派遣業界として健全な機能を果たし,いわゆるブラックな業者をなくすことだ。もうひとつは,不本意で派遣をしている人にとって,派遣が正社員へのステップになるようにすることだ。
著者は,こうした派遣業界健全化という目的のためには,これまでの「常用代替を防止する」という目的に派遣法制が縛られることに異を唱えている。私も,常用代替防止を理念に掲げ続けるのは,企業内労働市場の縮小という労働市場の止めがたい構造変化に合わないと思う。派遣業界は当然に存在する業界として,その健全化をはかり,派遣労働者を派遣労働者として保護することが必要だ。常用直接雇用を増やせ,派遣を増やすなという政策目的では機能しないのだ。よって,この点は著者に賛成だ。派遣をキャリアアップの担い手にしようとする視点にも共感する。著者をはじめとする派遣会社の経営者が,このように行動してくれればとも願うし,そのように行動する経営的な必然性も確かにあると思う。質の高い人材サービス会社になれば経営も発展するからだ。
この本は,派遣業界を健全に発展させるとはどういうことなのかがわかる。法改正の中身だけでなく,未来志向の企業ならば,それをどう活用しようとしているかがわかるのだ。しかも,著者が経営者でありながら自画自賛ではない。派遣法改正案に賛成の人にも反対の人にも,また派遣業界について知りたいという人にもお勧めしたい。
ただ不安なのは,著者自身が認めているように,派遣業界の中には労働者を使い捨てにする行動をとる会社が確かにあることだ。今回の派遣法改正で最も懸念されるのは,一つの仕事での派遣が3年以内となった時に,派遣業者が直接雇用を申し入れたり,次の仕事を切れ目なく紹介するなどの雇用安定措置をきちんととるかどうかだ。質の高いサービスをめざす会社はするだろうが,安さだけで競争したい会社はやらないように思う。派遣労働者を激しく入れ替えて,その入れ替えによって安く買いたたくという挙に出るかもしれない。ここに対する反対派の批判はもっともだ。ただ,どうすれば雇用確保措置を十全なものにするのかの対案が欲しい。
もう一つの問題は,著者や派遣業界のせいでは全くないのだが,今回の改正案だと,単にコストを削減したいから正社員を派遣に置き換えるというインセンティブを,派遣先に与えてしまうことだ。こういうと,常用代替防止に逆戻りするのかといわれそうだが,そうではない。これは,常用代替だから駄目なのではなく,派遣の乱用だから駄目だと私は思う。特定技能が欲しい(質的フレキシビリティ)わけでもなく,人材のジャスト・イン・タイム(量的フレキシビリティ)が必要なわけでもないのに派遣を増やすのは適当でない。この点でも反対派の批判はもっともだ。これを防止するには同一価値労働同一賃金を促進することが必要だろう。派遣だから不当に買いたたかれるという状態がなくなればいいのだ。しかし,現在の日本では,それは年功序列をやめるということを意味するので,労働法制も労働慣行も,かなり根本的に変えねばならない。労働者派遣法だけでそこを縛ることはできない。
つまり,この本で書かれたようにはがんばらない,安直な派遣業者と派遣先企業が,派遣法改正案を乱用することを,私はどうしてもおそれる。しかしまた,この乱用を許す穴を派遣法という法律だけで防ぐことも困難ではないかと思う。だから,今回の派遣法改正案のすべてが優れているとも,すべてがおかしいとも言い難いのだ。
このように迷うのは,単に私が中途半端に思考しているからかもしれない。しかし,たぶんそれだけではないと思う。今,日本の労働市場は,長期雇用・年功序列の企業内労働市場がくずれかかっており,その崩壊は不可避であり,しかし,職業別労働市場は確立しておらず,不当に二次的労働市場に落とされる人が多いという過渡期にある。そこで,矛盾がなく,現実にフィットした労働法制をつくるのは,実際に容易ではないのだと思うのだ。
出版社サイト。
https://www.gentosha-book.com/products/9784344972377/
※なお,著者出井氏と法政大学上西充子教授の対話は,たいへん参考になる。
http://togetter.com/li/839571?page=1
0 件のコメント:
コメントを投稿