2018年10月17日水曜日

いまさらながら,唯物史観は仮説と結論であり,論証としての経済学を必要とすることについて (2015/3/5)

 「経済学入門A」で教科書とした大谷禎之介『図解 社会経済学』の冒頭の章は「労働を基礎とする社会把握と経済学の課題」だ。これは,もっと昔のマルクス経済学の教科書であれば「唯物史観(史的唯物論)」の説明があったところに相当する。ただ,大谷氏の叙述がそれまでと異なるのは,唯物史観を説明するだけでなく,あらゆる社会に共通する社会的再生産の法則を述べていることだ。そのことの系として,具体的有用労働と抽象的人間的労働の二重性も,あらゆる社会に共通のものとされている。

 大学1年生に有益な範囲でこの話題に切り込むために,おそらく以下のように言うことになると思う。大学1年生に有益な範囲というのは,つまり『資本論』をめぐる専門的で,過度に細かい点に立ち入った論争に即して話すのではない,ということだ。

 この教科書では,まず,あらゆる社会に共通する社会発展の法則が述べられていて,続いて資本主義社会の経済学の理論に入っている。そして,双方ともが同じように正しい理論として解説されている。しかし,実はこの二つの話題は,理論としては異なる性格を持っている。同じ次元での話ではない。

 マルクスは,資本主義経済について研究を行い,その成果として『資本論』を残している。その意味では,後世から見て正しいかどうかは別として,マルクスは資本主義経済の法則を,ある程度まで証明しようとして,経済学の中でも相当な水準に達したということができる。

 しかし,マルクスはあらゆる社会について研究を行って唯物史観を唱えたのではない。むしろ,ただひたすら資本主義経済を研究することにより,資本主義以前から資本主義への移行の法則と,資本主義からポスト資本主義(社会主義,共産主義)への移行の見通しを立てた。そして,そこで得られた概念を過去にさかのぼって適用することで,唯物史観の公式を立てた。

 そもそも,他の社会ではなく,資本主義社会を研究することで,「経済学」も成立する。商品・貨幣・市場経済が成立し,支配的なシステムになると,初めて経済と政治が分離するからだ。現代の社会科学では完全には分離しないことがむしろ強調されるが,それでもそれなりに分離する。それなりというのは,経済学を他の社会科学から分離して定義できる程度という意味だ。他の社会をいきなり研究するのでは,こうした認識は不可能だ。

 他の社会でなく資本主義社会を研究したからこそ,経済的な「生産力」「生産関係」「生産様式」というカテゴリーや,「土台」(経済的構造)と「上部構造」(法的・政治的構造)というカテゴリーを分けて,また組み合わせることにより唯物史観の定式を論じることが可能になったと言える。

 だから,唯物史観は,それ自体はただの定式に過ぎず,ここにこう書いてあるから真理だという性格のものではない。いわば仮説であり,結論だ。その真ん中にある論証部分を含むものではない。唯物史観は,経済学に支えられて論証される。しかも,経済学によって論証されるのは,資本主義社会の部分だけだ。それ以外の部分は,マルクス自身にとっても仮説のままだ。その仮説を使ってさらに各社会の研究を進めることで論証度が上がるという性質のものだ。

 だから,唯物史観は,それだけで正しさを議論できるものではない。「経済法則によればこうだ」という言い方もあまり声高に叫ぶと問題なので私は好かないが,まあ経済学自体がしっかりしていればそう言ってもよい。しかし,「唯物史観にこう書いてあるからこうだ」という言い方は,それよりもはるかにおかしい。これは,経済学的論証とセットになっていなければ主張できないものだ。これが唯物史観と経済学の,理論としての相違だ。

 なお,上記の見解は,学説史的に言うと,この点に関する限り,オーソドックスなマルクス解釈よりも,宇野弘蔵説の方を支持することを意味する。ただし,あまり知られてはいないことだが,東北大学では,宇野派以外でもこのような見解があった。このノートはそらで書いたが,院生のころの勉強の産物だ。主に,黒滝正昭「基本概念の動態的把握」(『講座史的唯物論と現代2理論構造と基本概念』青木書店,1977年,後に黒滝『私の社会思想史』成文社,2009年に収録)に学び,そこからさかのぼって宇野弘蔵『経済学方法論』東京大学出版会,1962年や,『社会科学の方法』誌上での細谷昂・秋間実論争などを読んだ記憶がある。また,レーニン「『人民の友』とは何か?」を読んだところ,唯物史観は仮説で,『資本論』で証明されたとの記述にぶつかって驚き,納得した記憶がある。

 こうした研究は,1970年代にユーロ・コミュニズムとの関係でマルクス主義を現代化する必要から大いに進んだらしいが,1980年代にはすっかり下火になってしまっていた。10年前の研究成果が継承されず,「……は史的唯物論の根本原則に反するからまちがいである」といった論法も横行しており,あまりに納得できないために色々調べたという記憶がある。おかげで当時は論文作成が滞ったが,いまこうして授業に役立つならば,まったく無駄ではなかったことになる。

2015年3月5日:初稿

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