2018年10月15日月曜日

ダイナミック・ケイパビリティ・フレームワークの二つの文脈について (2014/9/26)

 デビッド・J・ティース『ダイナミック・ケイパビリティ戦略』(谷口和弘・蜂巣旭・川西章弘・ステラ=S=チェン訳)ダイヤモンド社,2013年(原著,David J. Teece, Dynamic Capabilities and Strategic Managerment. 2009年)を読んだ。まずはその理論内容よりも,研究史上の系譜に関心を持ったので,ノートにしておく。
 
 ダイナミック・ケイパビリティという概念は,二つの文脈において,理論の空隙を埋めるために必要とされたのだと思う。第一に経営戦略の文脈,第二に企業の経済学の文脈である。
 
 第一の文脈について。経営戦略論は種々の議論が並立しているが,なかでも有名なのはポジショニング論と資源ベース論(RBV)の対立である。マイケル・ポーターを元祖にして代表とするポジショニング論は,業界構造を分析し,利潤が高くなりそうな位置に自社を置くことを戦略とする。これに対して資源ベース論は,企業が資源と能力を蓄積し,優れた組織行動や事業プロセスを築くことが競争優位を生み出すとする。
 
 どっちもそれなりに正しくても物事の二側面だという気もしないでもないのだが,片方に言わせるともう片方が見落としているものがある。ともに自説の方が「変化する環境に対応したダイナミックな理論」だという(経営に関わる学者というものは,「変化する環境に対応したダイナミックなもの」を金科玉条とするフィーリングを持っており,別の説を批判するときには「スタティックだ」と言うのが決まり文句である)。
 
 RBVから見れば,ポジショニング論は企業という行動主体が持つ資源や能力を所与としている点で静態的であり,組織が成長するという観点を持てない。また,ある市場で活動することによって蓄積された資源が別の市場でも活用可能であること、ある市場である資源を活用して活動することが別の資源の蓄積につながることなど,複数の市場にまたがって企業が成功する要因をとらえることができない。抽象的なので少し補うと,多角化の分析はRBVの方が強いし,一般にも知られた概念ではコア・コンピタンス論はこの流れで出てきている(※1)。
 
 他方,ポジショニング論から見れば,RBV論は能力が優位につながるというが,ある能力が優位につながる根拠は,それが,業界の構造によって決まる成功の指標=ドライバーをクリアするからであり,業界の構造抜きに何が「優れているか」の尺度を取ることはできない。だから,ある能力が複数の業界で有効に使えるという保証は何もない。また,競争優位は必ず企業の能力によるというのはドグマにすぎず,実際には環境要因によることもある(産業論と経営学の折衷的研究者である私としては,この指摘自体にはもろ手を挙げて大賛成である)(※2)。
 
 ここでも双方の言い分はもっともなのであり,ここから先は何を研究するかによってどちらに即して考えるかの問題だと言える。企業の成長や衰退の過程を理論化しようとした場合には,RBV論のように企業が持つ資源・能力を対象とした研究をすることはどうしても必要になる。そこで,ポジショニング論からの批判をどう受け止めるかが問題になる。
 
 「何ができる能力かを抜きに『優れた』能力ということはできないだろう」と言われた時に,反論する方向は二つである。一つは,たいていのことに使えるような能力があるから,それが大事だとする方向である。たとえば,これを「ものづくりの組織能力」として,さらに「能力を構築する進化能力」を付け加えて普遍性の高い概念とするのが藤本隆宏氏の理論だと私は理解する。なおここで「ものづくり」とはモノの製造のことだけではなく,「何らかの媒体を介して情報の創造と転写を行う能力」のことである(※3)。こうすれば確かに普遍性は高まる。
 
 もう一つの方向は,種々の能力を統合して,どのような環境でも,またどのような環境変化に対応しても対応できるような,メタレベルの能力を想定することである。これがすなわち,ダイナミック・ケイパビリティ・フレームワーク(DCF。ついディスカウント・キャッシュ・フローと読みそうになるのが困る)であろう。ここでは,一般的(あるいは専門的)ケイパビリティと,ダイナミック・ケイパビリティの2種類の能力が想定されている。ダイナミック・ケイパビリティとは,環境変化に対処するために種々の一般的ケイパビリティの統合・構築・再配置を実行するような経営者の能力のことなのだ。
 
 このようにDCFは,RBVを発展させつつ,ポジショニング論から批判されたその弱点を補強し,企業と経営者を主体に据えながら,その環境変化との関係をリアルにとらえる役割を期待されていると位置づけられる。
 
 第二の文脈について。企業の経済学には様々な理論があるが,主流派経済学の基礎に上に立っているという意味で影響力が強いのは取引費用経済学(TCE)である。TCEは,市場と企業を,ともに取引を行うためのメカニズムとして同次元で取り扱う。そして,取引が市場でなされるか,企業組織内でなされるかは,生産費用を所与とした上で,どちらが取引費用を節約できるかによって決めるとする。ここで重要なことは,TCEでは生産費用が所与とされているということである。しかし,これでは生産費用が変動することに伴う,端的にはイノベーションに伴う市場と組織の境界変動が取り扱えない。これはTCEの限界である。
 
 DCFはここに挑戦する。ダイナミック・ケイパビリティとは,機会や脅威を感知し,捕捉し,種々の資源・能力を統合したり再配置したりする能力であるが,それはシュムペーターがいう資源の「再結合」に相当する。ダイナミック・ケイパビリティの行使によって達成されるのは,取引費用のみの節約ではなく,イノベーションなのだ。同一製品の同一市場への供給という単純なモデルでは生産関数のシフトによる生産費用の低廉化であり,より現実的な場面ではプロセス,プロダクト,調達方法,販売方法,組織のイノベーションだ。
 
 とくに重要なのは,共同特化した複数の資産である。共同特化した資産とは,双方が補完的に使用されることによって初めて高い価値を生み出すような資産のことだ。共同特化した資産は,純粋な市場取引では供給されないし,純粋な市場取引をあてにして生産されることもない。それ故に,組織や,少なくともnon-arm's lengthな取引方法によって結合されたり,再結合されねばならない。そうした結合は生産費用自体を動かすはずであり,取引費用だけを節約するのではない。そのための能力がダイナミック・ケイパビリティであり,その担い手は経営者だ。
 
 このようにDCFは,TCEを認めながらも,イノベーション把握の弱さというその弱点を補い,企業の経済学における経営者の位置を高めようとしているのである。
 
 以上,DCFが求められる二つの文脈は,それぞれもっともなことのように思える。その意味で,ダイナミック・ケイパビリティという概念には研究史上の存在意義が確かにあると,私には思える。
 
 が,しかし。分析のための概念としては,ダイナミック・ケイパビリティはあまりに抽象的な感が否めないのは,気のせいだろうか。第一の文脈では,「種々の能力を再配置する能力」と言ってしまえば,何でも説明できてしまう一方,そうした能力とは一体何であり,どう育成すればいいのか,途方に暮れる感がある。第二の文脈でも,イノベーションを引き起こす能力だと言ってしまえばそれまでであり,あまりにも多くのものを含むように思われる。ただ,こちらでは,共同特化した資産というキーワードがあるためにやや具体性があるかもしれない。
 
 ここから先は,もう少し関連する論文を読みながら考えよう。
 
 ※1:A Note on Birger Wernerfelt, A Resource-based View of the Firm, Strategic Management Journal, Vol.5, 171-180, 1984(日本語),2013年6月28日公開のfacebookノート参照。  
※2:マイケル・ポーター「戦略の動態理論に向けて」に関するノート,2013年4月24日公開のfacebookノート参照。
 
※3 藤本隆宏『現場主義の競争戦略 次世代への日本産業論』新潮新書,2013年の「情報価値説」。2014年2月24日公開のfacebookノート参照。  
2014年9月26日:初稿。
2014年9月27日:「メディア」を「何らかの媒体」に改め、※3を追加。
2014年9月28日:※3のリンク記載漏れを補正。
2014/9/26 Facebook
2016/1/6 Google+

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